将棋界には、現在8つのタイトル戦があり、藤井聡太竜王は、そのうち5つを保持している。
つい先日の王将戦で、渡辺王将相手に4連勝し、史上最年少、10代での5冠王になったことは記憶に新しい。
その快挙については、将棋界唯一の専門誌である「将棋世界」でも、巻頭グラビアの速報で伝えている。
こんなあどけない表情をした、温厚な19歳の青年が、5冠王というのは驚くばかり。
5冠の内訳は、竜王、王位、叡王、王将、棋聖だが、このうち、竜王は《別格》扱いなので、藤井5冠は、《藤井竜王》と呼ばれているのだ。
8大タイトルの中で、藤井竜王が現在獲得していないのは、名人、王座、棋王の3つ。
《名人》位は《竜王》位と並ぶ別格扱いで、将棋界において、最も伝統ある棋戦の覇者でもある。
《名人》位は、8大棋戦の中で、その獲得までには、最も長い道程を要する。
他の棋戦は、チャンスさえあれば、プロ入り1年目でも獲得することが可能なのに対して、名人戦だけはそれができない。
名人戦は、A級、B級1組、2組、C級1組、2組という5つのクラスが設定されており、プロ入りした棋士は、全てC級2組に配属される。
各クラスにおいて、1年かけて順位を争い、上のクラスに上がっていく(あるいは下がっていく)ことから、《順位戦》とも呼ばれている。
そしてこのうち、名人への挑戦権を獲得するためには、最上位のA級までたどり着き、そこで優勝する必要があるのだ。
そんな伝統と格式のある棋戦において、昨日は、重要な対戦が行われた。
B級1組の最終戦だ。
藤井聡太竜王(5冠)は、このクラスに於いて、これまで9勝2敗。トップの成績を収めているが、クラス内の順位が低い*1ため、最終戦までA級入りは持ち越しとなっていた。
最終戦、藤井竜王の相手は、佐々木勇気7段。
5年前、藤井(当時)四段が、デビュー以来続けていた、公式棋戦の連勝を29で止めた、因縁の相手だ。
藤井竜王は、この棋戦に勝つか、同時に対局が行われている(番付上位の)稲葉八段、千田七段のどちらかが敗れれば、A級への昇級が決まる。
他力昇級も可能な立場ではあったが、できれば勝って自力で決めたいところだった。
戦型は「角換わり」*2となり、序盤は、佐々木七段の事前研究が炸裂。
藤井竜王より、圧倒的に持ち時間を使わず、優位に戦いを進めた。
しかし、苦しくなってからが藤井竜王の真骨頂。
佐々木七段の研究を外れたあたりから逆襲。攻めに転じてからは、殆ど時間を使わずに、91手で完勝。見事、自力でA級入りを決めた。
前述の稲葉八段、千田七段は、ともに勝利しため、もしも藤井竜王がこの戦いに負けていたら、頭ハネでA級昇級が見送られてしまうところだった。
それだけに、この勝利の価値は限りなく大きい。
次年度戦うA級で優勝し、かつ、渡辺名人との七番勝負を制すれば、谷川浩司九段の持つ従来記録(21歳2か月)を塗り替え、20歳での史上最年少名人となる。
藤井竜王には、将棋界初となる《八冠王》獲得の可能性もある。
最も難易度の高い名人位に手が届くところまで来た今、それはもう、夢ではなくなっている。
いやはや、本当に、凄まじい、恐ろしい19歳。その前途は、限りなく洋々だ。