現状、東京のシネコンは、行政による理不尽な自粛要請を受けて、休業に追い込まれている。
だから、東京都民にとって、劇場鑑賞の敷居は非常に高い。
しかし、数少ないミニシアターの上映館を探してでも、見るべき映画に出会った。
「ファーザー」だ。
今年度アカデミー賞で、主演男優賞(アンソニー・ホプキンス)と、脚色賞の2冠を獲得した作品だから、本来であれば、都内でも、多数の劇場で上映される予定だった。
しかし、前述の理不尽な自粛要請のため、現状、都内でこれを見ることができる映画館は、渋谷の「ル・シネマ」と、立川の「kino cinema」のみ。
だから僕は、渋谷まで遠征したのだけれど、本当に、心から、見に行って良かったと思う。
それぐらい、圧巻の映画だった。
劇場ポスターやチラシの写真を見ると、「老いた父親に寄り添う娘の物語」のように見える。
キャッチコピーの紹介文は、以下の通り。
老いによる思い出の喪失と、親子の揺れる絆を描く
かつてない映像体験で心を揺さぶる今年最高の感動作
やはり、心温まるヒューマンドラマのようだ。
しかしそれは、この映画のほんの一面を表しているに過ぎない。
もちろん《親子の揺れる絆》というのは大きなポイントだが、それ以上に、《かつてない映像体験》というコピーに注目。
この映画は、凝りに凝った演出により、ミステリー、サスペンス、スリラーといった要素が内包されているのだ。
登場人物は、たった6人。
しかも、そのうち8割以上のシーンは、父(アンソニー)と娘(アン)の2人で演じられる。
物語の舞台となるのは、ほぼ、アンソニーの自宅(と思える場所)だけ。
それだけで考えると、実に地味な設定なのだけれど、特殊な演出による二転三転のドラマがあって、気が抜けない。
僕は、すべての謎が繋がったクライマックスで、唖然呆然としてしまったほどだ。
81歳の父親役を演じるアンソニー・ホプキンスは、30年前の「羊たちの沈黙」に続き、アカデミー賞において、二度目の主演男優賞を受賞。
今回のオスカーで、史上最年長での受賞となる快挙を打ち立てた。
娘役のオリヴィア・コールマンも、2年前のオスカーで主演女優賞を受賞した名優だ。
この二人の素晴らしい演技と、まさに、かつてない映像体験に、僕は心から酔いしれた。
ミステリーやサスペンス好きの人なら、絶対に見逃せない大傑作。
予備知識なしで見た方が絶対に楽しめる映画なので、もしもこれから見に行く人は、予告編さえも見ないで鑑賞することをお勧め。
だから、僕からはこれ以上紹介したくないのだが、「少しはストーリーを知っておきたい」という人がいるかもしれない。
そういう人のために、映画会社からの公式紹介を引用させていただこう。
(あくまで蛇足なので、これから鑑賞する予定の人は、スルーを強く推奨。)
ロンドンで独り暮らしを送る81歳のアンソニーは記憶が薄れ始めていたが、娘のアンが手配する介護人を拒否していた。
そんな中、アンから新しい恋人とパリで暮らすと告げられショックを受ける。だが、それが事実なら、アンソニーの自宅に突然現れ、アンと結婚して10年以上になると語る、この見知らぬ男は誰だ? なぜ彼はここが自分とアンの家だと主張するのか?
ひょっとして財産を奪う気か? そして、アンソニーのもう一人の娘、最愛のルーシーはどこに消えたのか? 現実と幻想の境界が崩れていく中、最後にアンソニーがたどり着いた〈真実〉とは――?
そう。
この物語は、認知症に陥った父と、それを介護する娘に起きた《奇妙な出来事》を描いているのだ。
これ以上のことを書くと、ネタバレになってしまうから書かないが、その「描き方」に大きな仕掛けがあり、だから、この映画は、一流のミステリー、サスペンスとしても成立している。
僕は、とにかく素晴らしいアンソニー・ホプキンスの演技と、その仕掛けを再確認したくなったので、もう1度見に行こうかと思っているほど。
ただ、また渋谷まで行かなければいけないのは厳しいため、何とか、シネコンの営業が再開して欲しいと願うばかりだ。
日本版予告編。
アンソニー・ホプキンスの名演(の一端)が確認できるという点は良いのだけれど、勘のいい人は、仕掛けが読めてしまうかもしれない。
だから、かつてない映像体験を心から味わいたい人は、この予告編も見ないで(もう遅いかもしれないけど…。)鑑賞することをオススメ。