その瞬間、機内で一斉にどよめきが起きた。
それはそうだろう。
成田を飛び立って、2時間あまり。機内食が普通に提供されたし、シートベルトサインも点灯していない。
誰もが順調に飛行を続けていると信じていた筈。
そんな最中に…しかも食事中に、まさか機長からこのようなアナウンスが発せられるなんて思わないではないか。
当機は、機体整備を行う必要が発生しましたので、これより成田に引き返します。
えっ、えっ、えっ、なんだって?
いったいそれはどういうことなんだ。なぜなんだ。僕は大いに驚き、詳しい説明を待った。
しかし、それ以上の説明はなく、「およそ30分後に、着陸に備えてシートベルト着用のサインが点灯します」などというアナウンスが続いた。
いやいやいや。
こんなタイミングで、着陸に備えて…と言われても困る。まだ食事だって終わっていないのに。
しかし、どんなに僕が動揺しようが、ここは飛行機の中。指示に従うしかない。
僕は、脳内で急速に計算した。
この便は、成田発ヘルシンキ行きで、僕は、ヘルシンキ乗り継ぎでジュネーブに向かう予定だった。
乗り継ぎ時間は、1時間20分。いったん成田に戻ってしまっては、絶対にこの便には乗れない。
次の便には乗れるのだろうか?
何時までの便に乗れば、当日中にジュネーブに着けるのだろうか?
深夜の到着になったら、ホテルまでどうやって行けばいい?
いろんな思いが脳内で渦巻いた。
僕の隣に座っていた女性は、ヘルシンキ経由でワルシャワの友人宅に向かう予定だったようで、「今日中に着かないと困るのだけれど…」としきりに呟いていた。
そう。
この便は、ヘルシンキから、欧州さまざまな都市へ乗り継ぐ人たちが乗っているのだ。
皆、いったいどうなってしまうのだろう…。
そんなことを考えながら、つらつらと機内を眺めた時、僕は、大変な状況を目にした。
CAの女性たちが、食事のトレイ回収作業に追われまくっている姿だ。
こういった非常事態が発生した時、一番大変なのは、CAの人なのだなぁ…と僕は思った。
しかも今回は、つい少し前に、食事を配り終わったばかり。それをすぐに回収しなければいけないのだ。
回収時、CAに質問をする人もきっといるだろう。
この時点では、詳しい情報が明らかになっておらず、引き返してからの対処も未確定。おそらく、CAは何も情報を持っていない筈。
だから、彼女たちにできるのは、謝ることだけ。
そんな中で、全ての客を相手にするのは、本当につらいと思う。
しかも、カートを使っている時間的余裕もなく、ひとつひとつ受け取ってはギャレーに運ぶ作業を繰り返していた。
いやはやこれは大変だ。
僕は何とか食べ終わることができ、ギャレーに近い非常席だったため、自分でトレイを持ち込んだ。
しかし、機内では、まだ食事中だった客も多数いたようで、大混乱。
この日の客には、CAに文句を言うような人はいなかったのが、せめてもの救い*1だったけれど…。
そんな状況を目の当たりにし、かつ、乗客誰もが運命共同体であることを理解し、僕もようやく落ち着いた。
こうなってしまったら、もう、あとはなるようにしかならないからだ。
僕の場合、もしも金曜にジュネーブへ到着できなくても、土曜日に到着すれば、なんとかなる。
そう思って、腹をくくった。
シートベルトサインが点灯し、着陸態勢に入った頃、この事件に対しての続報が入った。
アナウンス曰く…。
- 機体整備のため、この飛行機は使えない。
- 同じ機体の別の飛行機に乗り換える。
- 座席番号などはそのまま。
- 再出発時刻は、16時45分の予定。
- 乗り継ぎ便などの情報については、成田着陸後、係員に聞いて欲しい。
とのことだった。
当初の便は、10時40分の出発だったため、6時間遅れでの再出発となる。
僕は、成田に戻ったあと、このようなメールが届いていたことを確認した。
【JAL国際線】引き返しのお知らせ 5月10日(金) JAL413便
というSubjectで、運用状況の確認ページには、以下のように表示されていた。
これはあとで知ったことなのだけれど、今回、僕が遭遇した事態は、航空用語でエアターンバックと呼ぶようだ。
まぁ、なかなか体験できないことだと思うので、これも旅の醍醐味?と言えるかもしれない。
ただ、そんな悠長な考えに浸ってばかりもいられなかった。
何しろ6時間も遅れての再出発となるのだ。
当初便では、夕方18時10分(現地時間)にジュネーブ到着だった。
単純に6時間プラスすると、深夜の0時を回ってしまう。
そんな時間に異国に着くのは大いに不安だが、そもそも、ヘルシンキでの乗り継ぎ便がない可能性も高い。
そうなった場合、宿泊は…?
僕は再び大きな不安がこみ上げてきたため、成田で、JALの係員に確認することにした。
*1:いつも思うのだけれど、こういった事態が発生したとき、関係者に怒鳴る輩は最低だ。怒鳴ったって、何の解決にもならないじゃないか。