今年は、村上春樹の年になりそうだ。
4月に発売された「猫を棄てる 父親について語るとき」は、著者が、初めて自分の父親のことについて語った本だった。
これは、氏の父親像を描くとともに、自身の幼少時代を語っている本でもあり、僕は、非常に興味深く読んだ。
そんな村上少年が、青年になってから現在に至るまで、集め続け、そして愛してきたTシャツたちへの思いを語った本が発売になった。
その名も、「村上T」だ。
いやはや、これがとんでもなく面白い。
前述の「猫を棄てる」は、淡々とした文体で書かれていた(これはこれで素晴らしい)が、こちらは、雑誌『ポパイ』に連載だったということもあり、実に軽妙。
僕は、同誌の連載時から気になって、時々書店で立ち読みしていたのだけれど、こうやって1冊にまとまってみると、実に感慨深いものがある。
著者が持っているTシャツ群の中から、厳選された逸品たちがジャンル別に紹介され、それぞれのテーマについて、村上春樹自身の思い出が語られる。
ロックT、レコード系、企業もの、ビール関係、ノヴェルティ…等々、著者の趣味や仕事に関わるTシャツと、そのエピソードたち。
これが面白くないわけがない。
著者は、ランナーとしても名高いから、もちろん、マラソン関連のTシャツに関する章もある。
僕も、一応ランナーなので、この章は特に興味深く読んだ。
ここで紹介されなかったマラソンTシャツも無数にあるようなので、それだけで別冊にして欲しいと思ったほど。
「ポパイ」の雑誌連載は、18回で終了してしまったけれど、それを補う形で、巻末に、ロングインタビューを収録。
「つい集まってしまったTシャツの話とまだまだ掲載しきれなかったTシャツの話」として、沢山のTシャツと、それにまつわるエピソードが語られている。
いやはや、本当に最高だ。
村上春樹ファン、特に《エッセイ》ファンは必読だと思う。
【補記】
「猫を棄てる」「村上T」と自分史を語ってきた著者は、満を持して、7月に短編集を発売する。6年ぶりの短編集だ。
これはもともと、《一人称単数》シリーズとして、「文學界」誌に掲載されてきた作品をまとめたものになる。
僕は、雑誌掲載時から、単行本にまとまるのを楽しみにしていたので、非常に嬉しい。
そのタイトルが彷彿させる通り、短篇の内容は、著者自身の体験談ではないかと錯覚してしまうような印象も受けた。
もちろんこれは創作集なので、著者の《自分史》ではない。
しかし、自分史とは大きく関わっているように思えるだけに、それが作品としてどのように昇華されたのか、あらためて、じっくりと読み込んでみたい。