たまには、本の話。
今年の年間ミステリベストで三冠*1を獲得した、米澤穂信先生の「可燃物」を、ようやく読んだ。
米澤穂信先生は、これまで、年間ミステリベストのみならず、文壇全体においても、輝かしい実績を残し続けてきた。
2014年『満願』ミステリベスト三冠/山本周五郎賞
2015年『王とサーカス』2年連続ミステリベスト三冠(史上初!)
2022年『黒牢城』ミステリベスト四冠(史上初!)/山田風太郎賞/直木賞
2年連続でミステリベスト三冠を獲得した国内作家は、後にも先にも、米澤穂信先生だけ。
2022年の「黒牢城」では、他ベストとランキング傾向が異なりがちな、本格ミステリベストまで制して、これまた史上初の四冠(グランドスラム)を達成。
返す刀で、なんと、直木賞まで制してしまった。
いやはや、本当に凄い作家なのだ。
なにが凄いと言って、作品の幅が広いことが大きな特徴。
「満願」は、収録された、6つの作品ひとつひとつが、全て違う世界観と切れ味を持つ、まさに珠玉の短編集。
「王とサーカス」は、ネパールの王宮で実際に起きた、ナラヤンヒティ王宮事件を背景にした長編。
圧倒的な取材力と表現力で、僕は読んでいる間、ネパールの風景が脳裏に浮かんできたことを思い出す。
ラストの余韻もたまらず、2年連続ミステリベストも納得の大力作だった。
その翌年には、「王とサーカス」主人公の太刀洗万智をめぐる短編集「真実の10メートル手前」で上位入賞。
その後も《古典部シリーズ》の「や、《小市民シリーズ》の作品などでランクイン。
ミステリベストの常連として定着していく。
そして。
「王とサーカス」から7年後の「国牢城」で、これまた大きな飛躍を見せる。
初挑戦(!)とは思えない歴史小説でも、その実力を遺憾なく発揮したのだ。
この作品は、戦国の世を舞台にした本格歴史小説でありながら、かつ、壮大なトリックが散りばめられた本格ミステリにもなっている大傑作。
僕は、歴史物が苦手なのだけれど、この作品の圧倒的なリーダビリティに、ぐいぐい引きこまれ、感服しながら読み終えたことを思い出す。
そんな米澤穂信先生が、今度は、自身初*2の警察小説分野に挑戦。
それが、この短編集。「可燃物」だ。
主人公を務めるのは、群馬県警本部、刑事部捜査第一課の葛警部。
「可燃物」に収録されている5つの作品は、どれも難題ばかりなのだけれど、葛警部は、実にストイックに、淡々と論理的な思考を巡らせ、事件解決に繋げていく。
無駄口を叩かず、感情的な面も見せず、ただひたすらに謎を追い求めるのだ。
警察小説ジャンルでは、得てして、主人公の警部や刑事を取り巻く人間関係の機微や、警察組織内での確執などもテーマになったりするが、この「可燃物」はその対極にある。
葛警部は、上司とも部下とも、決して良い人間関係ではないが、誰もが、葛警部の捜査能力を認めているため、確執には繋がらないのだ。
葛警部の「内面」や「感情」は全く描かれない為、ある意味《無個性》な主人公とも言える。
だが、それがいい。
主人公を巡るサイドストーリーがないことで、物語の本質やトリックの解決に伴う醍醐味を、シンプルに堪能することができるからである。
各短編のラストで、余韻が残るのも大きな特徴。
どの作品にも、事件解決後のちょっとした関連エピソードが書き添えられているのだけれど、それがまた、いい味を出しているのだ。
いやぁ、巧い。本当に巧いなぁ。脱帽。