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餃子ランナーは電子機器の夢を見るか?

ランと餃子とデジタルガジェット。ときどき、映画や雑誌の話。言いたいことを言い捨てるブログ。

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音質はラジオ以上。でも、ラジオにはなれない「radiko」のもどかしさ

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夜明け前ランのお供は、いつもradikoだ。
クリアな音でAMラジオ放送が聴けるのは、とっても素晴らしい。時代は変わったものだなぁと思う。
学生時代、オールナイトニッポンなどに嵌まっていた頃、雑音と戦いながら聞いていたことを考えると、隔世の感がある。
ニッポン放送で、この9月からスタートした「山口良一 今日もいきいきあさ活ニッポン」という番組は僕のお気に入り。
番組スタート時刻の4時半は、ちょうど僕が走り始める時間帯であり、生活リズムに合っていた。懐メロばかり流れるのも、僕みたいなオッサンには非常に心地良い。
ということで、今日も、4時半直前にradikoをつけてみたのだけれど…いつもと雰囲気が違っていた。
のどかなインストゥルメンタルが流れていたのだ。
おかしい。この時間帯はオールナイトニッポンのエンディングテーマの筈、こんなのどかな音楽は変だ、と思い、僕はradikoアプリの番組表を眺めてみた。
すると、そこには「東京都小選挙区政見放送」という表示。どうやら、朝5時までは、選挙に伴う特別番組編成になっているようだった。そういうことだったのか。
ならば、このインストゥルメンタルは、演説者交代に伴う繋ぎなのだろう。納得。
まぁ、選挙も近いし、たまには政見放送でも聞きながら走ってみようと思った。
…が、いつまでたっても候補者の演説は始まらず、ただインストゥルメンタルが流れるばかり。埒があかないので、radikoから音楽に切り替えて走ったが、どうにもモヤモヤした気分が残った。と、いうことで、帰宅後ちょっと調べてみると、その理由が判明。
radikoは「インターネットによる配信」であるために、公職選挙法がらみ(?)で政見放送は流せず、その代替として、インストゥルメンタルを流していたようだ。
配信方法がインターネットだとはいえ、内容は「ラジオ」そのものなのだから、ラジオと同様の扱いでいいのかと思うのだけれどなぁ…。なかなかそう簡単にはいかないのかもしれない。
そう言えば、以前、早朝の河川敷で走っていた時、radiko地震の情報が流れたことを思い出した。
そのとき僕は、走っていたので気がつかなかったのだけれど、もしも大地震だったならば、危ういところだった。
ラジオを聞いていたのであれば、スタジオでの地震速報を聞いてすぐ、河川敷から逃れることができる。地震に関わる情報もすぐに入手できる。
radikoの場合、そうはいかない。
スマートフォンでのradiko受信は、放送よりも数十秒の遅れがあるから、その間に手遅れになることも考えられるのだ。Webにアクセスが集中すれば、配信さえも危うくなるし、緊急時には、radikoはラジオの代替にはならない。
radikoはとても便利なシステムだけれど、やっぱりラジオも携帯しておくべきだなぁ…と思った。
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