令和元年9月26日。18時45分。
豊島将之王位が、静かに頭を下げた。木村一基「新王位」が誕生した瞬間だ。
あぁ、ダッシュで帰宅した甲斐があった。僕は、心からそう思った。
夢にまで見た木村一基先生の初戴冠。
その瞬間をリアルタイムで見ることが出来た感動。僕は、一生忘れることがないだろう。
この王位戦は7番勝負で、先に4勝した方がタイトルを獲得する。
その第1局は、夏真っ盛りの7月3日~4日に行われ、豊島将之王位が勝利した。
続く第2局(7月30日~31日)も豊島王位が勝利。
豊島将之王位は、同時に、将棋界最高のタイトルである「名人」位も有している実力者。
まだ29歳であり、脂の乗り切った豊島先生相手では、流石にきつかったか…と、僕も一瞬思った。
しかし、まだ諦めるには早すぎる。木村先生ならば、きっと逆襲してくれる筈だ。そう思いながら、応援し続けた。
そんな僕の脳内では、この応援歌がリフレイン。
たった4分弱の歌の中に、木村先生の魅力がたっぷり詰まっているので、「木村一基って誰?」と思った人は是非1度見ていただきたい。
7番勝負で0勝2敗と追い込まれ、崖っぷちに立たされた感のある木村先生だけれど、そこからが、《千駄ヶ谷の受け師》の真骨頂だった。
第3戦で一矢を報い、続く第4戦では、タイトル戦史上最長となる285手、相入玉となる大激戦を木村先生が制した。
そして、終わってみれば…。
4勝3敗で王位を獲得!
オジさんの星、誕生の瞬間だ。
しかし、この星はいきなり降ってわいたわけじゃない。
木村一基先生は、もともと「いつタイトルを取ってもおかしくない」と言われていた実力者なのだ。
2013年度には、勝率1位、最多勝、最多対局という記録3冠にも輝いている。同時に、「勝率8割超&年間60勝以上の同時達成」という快記録も樹立。
これは、2017年度に「あの」藤井聡太先生が達成するまで、木村先生だけが持っている記録だった。
そんな木村先生だけれど、こと、タイトル戦に限っては苦杯続き。
これまで、タイトルに挑むこと、計6回。
- 2005年:竜王戦7番勝負(渡辺明竜王に0-4で敗退)
- 2008年:王座戦5番勝負(羽生善治王座に0-3で敗退)
- 2009年:棋聖戦5番勝負(羽生善治棋聖に2-3で敗退)
- 2009年:王位戦7番勝負(深浦康市王位に3-4で敗退)
- 2014年:王位戦7番勝負(羽生善治王位に2-4で敗退*1)
- 2016年:王位戦7番勝負(羽生善治王位に3-4で敗退)
こうやってみると、ことごとく、「羽生善治永世七冠の壁」に阻まれ続けてきたことがわかる。
今回の王位戦では、6月6日の挑戦者決定戦で、そんな羽生先生に勝利。豊島王位への挑戦権を得たのだから、特別の感慨があったと思う。
そして…悲願の王位獲得。
これまで有吉道夫先生が持っていた、「最年長初タイトル戴冠記録」(37歳6ヵ月)を、なんと8歳以上も更新する、46歳3ヶ月での達成。
いやはや素晴らしい。
木村先生の座右の銘である「百折不撓」(=何度失敗しても信念を曲げないこと)が、遂に実ったのだ。
感想戦後の取材で、家族への思いを聞かれると、木村先生は一瞬言葉に詰まり、眼鏡を外して涙を拭った。
僕は、このシーンを見ていたら、胸が熱くなってたまらなかった。
木村先生は、将棋界屈指の人気棋士で、「オジオジ」「かじゅき」「将棋の強いオジサン」などなど、さまざまな愛称で呼ばれ、将棋ファンに愛され続けてきた。
木村先生は、常に自然体なので、これからもそういった愛称は輝き続けるだろう。
しかし、それよりも何よりもまず、絶対的な事実として、
木村王位
なのだ。
そう呼べることが、僕は本当に、心から嬉しい。
木村一基の初級者でもわかる受けの基本 (NHK将棋シリーズ)
- 作者: 木村一基
- 出版社/メーカー: NHK出版
- 発売日: 2014/10/11
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- この商品を含むブログ (1件) を見る
*1:将棋ルールで「引き分け」と言える持将棋が1戦あり。