「あと1分半だぞ!頑張れ!」
競技場に入った途端、そんな声をかけられた。
声の主は誰だかわからなかったし、僕だけに向けられた言葉でもなかったが、でも、その言葉の意味は、痛いほどよくわかった。
僕も、手元のGarminで、ずっと時刻を意識しながら走っていたからだ。
…時を遡ること5時間前。
その競技場がある、古河市中央運動公園に辿り着いた僕は、ちょっと心が沈んでいた。
前日に発生した目眩は、すっかりおさまっていたので、その点は問題なかったが、心の中はモヤモヤしていた。
1ヶ月前の別大マラソンの無念を晴らす筈のレースなのだけれど、なんとなく今回も失敗しそうな気がした。
どうにも気分が乗らないのだ。
マラソンレース直前の「わくわく感」がなく、襲ってくるのは、ブルーな気持ちばかり。「また、42kmも苦しまなきゃいけないのか…」という思いで心がいっぱいだった。
以前はこんな思いを抱いたことなどなかったのに…。
もう、僕の歳では限界なのかもしれない。僕にとって、マラソンレースの「旬」は終わって、あとは下るのみ。
だから、これ以上伸ばすのは厳しいタイムなんて気にせず、ファンランに徹した方がいいのではないか…と、まで思い始めていた。
でも。
と、僕は思った。別大で悔しい思いをして以降、そのリベンジのために、1ヶ月以上(自分なりに)頑張ってきたのだから、今回だけは、やれる限りの力を尽くそう。
そう思って、僕はスタートラインに立った。
号砲。
スタートラインにたどり着くまでに、約1分強のロス。その後も、かなりごちゃついていたので、最初の5kmは6分近くかかった。
しかし、これは想定の範囲内。
岩本先生や小出監督など、僕の敬服している人たちは、皆、「最初の5kmはゆっくり入れ」と説いている。だから、焦りはなかった。
その後、僕は、手元の時計で、キロ4分50秒を意識して走った。
レースでサブ3.5を達成するためのタイムはキロ5分ジャストだが、給水ロスなどを勘案すると、それでは不十分。
今回、グロスタイムでの達成にこだわった僕は、スタートロスの1分を取り戻す必要があり、それも含めると、キロ4分50秒の維持が必須のように考えていた。
はなもものコースは、基本的にフラット。
遠目に見ると、なだらかな坂は結構あったのだけれど、いざ坂の部分にさしかかってみると、殆ど負担は感じなかった。
この点については、足柄峠走のトレーニング効果があったのかもしれない。
だから、今回は、きっと頑張れる!と、僕は信じながら走った。
ただ…理想と現実は異なっていて、4分50秒を切って走れたのは、10km~15kmの間だけ。その他は、何とか5分を切って走るのが精一杯だった。
20km…25km…。30km…。緩やかではあるが、ラップは次第に落ちてきた。
そして、魔の35km。最近のレースでは、ここからガクンとタイムが落ちてしまうのが常だった。
案の定、今回も、キロ5分さえも切れなくなってしまったが、それでも何とか、5分10秒を超えそうになると、ふんばって加速して…を繰り返した。
38km、39km、40km…。僕は、疲れた足と呼吸に苦しみながら、ひたすら走った。
正直、今回もダメか、と思ったが、ここで負けたら、また、ずっと悔しさを抱いたままになってしまうと思って耐えた。
今回ダメだったら、今後は、ファンランに徹しようとは考えていたけれど、僕の性格的に、単純な気持ちの切り替えなどできない気もしてきたからだ。
そうなると、次のレースでは、もっと追い込まれて、つらい、苦しいレースになる。
だから。
何が何でも負けまい、負けるまい。別大のリベンジは、このレースで返すんだ!
そう思いながら、歯を食いしばって走った。
41km地点、通過!
手元のGarminを見ると、おそらく大丈夫、という思いはあった。今回は、ラストの195mも計算に入れて走っている。
このままのペース…いや、よしんばキロ6分かかったとしても、ぎりぎりクリアできる筈、だった。
しかし、ラスト400mあたりで競技場に入った時、僕の脳裏に、一瞬、あの時の悪夢がフラッシュバックした。
別府大分マラソンで、ゴールを目前にして、競技場内の時計が3:30を超えた瞬間の情景。
それと同時に、競技場に渦巻いた、なんとも言えない溜息のような唸り。
今回は違う、間に合う、筈!と思っていても、なんだか一気に不安な気持ちが立ちこめていた。
そんな時。
「あと1分半だぞ!頑張れ!」
の声が、僕に届いたのだ。
そうか、サブ3.5までは、あと1分半あるのか。
その時、僕はトラックをかなり回っていたので、残りはたぶん200m程度。そんな時にかけてもらった声だから、本当に嬉しかった。
1分半あるなら、間に合う!僕は、その声を力に、最後の力を振り絞った。
フィニッシュ!
終わってみれば、3時間29分台。
本当に、ギリギリの、薄氷の、グロスサブ3.5達成だった。
しかし、何とか目標を達成できて本当に嬉しい。
今回、競技場内での声がなくても、達成できていたとは思うけれど、でも、別大の競技場内で受けた応援は、無になってしまったので、それを考えると、本当に感慨深かった。
今回はなももでは、このウェアを着て走った。
かなり派手なバックプリントの、別大2017参加賞Tシャツだ。
これを着たのは、自分にプレッシャーをかけるため。このTシャツで走る以上、サブ3.5はマスト。恥ずかしい走りはできない。
バックプリントの重みを背負って走った、いわば背水の陣のレースだったので、何とか目標がクリアでき、本当にほっとしている。
しかし、これは、まだ僕の第一目標に過ぎない。本当のリベンジは、別大で達成してこそ果たされるからだ。
来年、別大の出場資格が変わらないことを祈りつつ*1、何とか本番でリベンジを果たしたい。
*1:現在、グロス3時間30分以内が最低出場条件になっているが、人気の過熱に伴い、その条件が引き上げられる可能性も十分ある。