今年のオスカーは、「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」(エブエブ)が席巻した。
作品賞を初め、監督賞(ダニエルズ)、脚本賞(ダニエルズ)、主演女優賞(ミシェル・ヨー)、助演男優賞(キー・ホイ・クァン)、助演女優賞(ジェイミー・リー・カーティス)、編集賞を受賞。
主演男優賞を除く、主要な部門賞を総ナメしたのだ。
「エブエブ」に主演男優はいない(主演級のキー・ホイ・クァンは助演男優賞を受賞。)ので、ほぼパーフェクトな結果。
ただ、僕の感性には全く合わない映画で、僕は、140分間の上映時間が苦痛でしかなかった。
日本での評判は賛否両論ある(しかも結構「否」が多い)ようだけれど、エブエブがオスカー主要部門をほぼ独占したという事実は動かない。
そんな「エブエブ祭り」だった今年のオスカーで、唯一、主要部門に食い込んだ作品がある。
ブレンダン・フレイザーが、体重272kg(!)の主人公チャーリーを演じ、主演男優賞を受賞した、この作品。
「ザ・ホエール」だ。
もちろん、ブレンダン・フレイザーが実際に272kgとなったわけではなく、特殊スーツとメイクによるもの。
オスカーでは、主演男優賞の他、メイクアップ&ヘアスタイリング賞も受賞しているから、それだけ凄い変身ということができる。
そんな272kgの巨体は、予告編を見るだけでも重苦しい。
この映画は、全編がほぼ室内で演じられ、主役のチャーリーは家から1歩も出ることはない。
そもそも、歩行器を使わなければ、動くことさえままならないのだ。
登場人物は、ほんの一瞬しか登場しない脇役のピザ店員(ただ、物語的には非常に重要)を含めても、たった6人。
チャーリーの余命は、物語が始まってたった5日間しかなく、その間にも病状はどんどん悪化するし、8年ぶりに会った娘との意思疎通もままならない。
なんとも重苦しく、辛い話なのだけれど、しかし、僕はこの映画に釘付けになってしまった。
それだけ、272kgの男を演じきったブレンダン・フレイザーの演技が素晴らしかったからだ。
家族を捨て、同性との愛と死別を経験し、拒食症になった、主人公のチャーリー。
あまりの巨体ゆえに、リビングの椅子からほぼ動けない状態なのだけれど、そんな不自由な設定だからこそ、演技の素晴らしさが光る。
とりわけ、心の葛藤を押さえ切れず、何でもかんでも食べまくるシーンは壮絶だ。
チャーリーを支える看護師を演じた、ホン・チャウ(オスカー助演女優賞ノミネート)の演技も素晴らしかった。
117分に及ぶ室内劇だから、退屈を感じる人もいるかもしれないが、僕にとってはあっという間。
それぐらい、この映画の緊迫感は強烈だった。
僕にとって、今年のオスカーは、「エブエブ」じゃなく、「ザ・ホエール」受賞年として、記憶に残りそうだ。
全編重苦しい話だから、家族連れや恋人同士で見るにはキツいけれど、ひとりでじっくりと映画に向き合いたい人や、人生について考えたい人にはお勧め。