ようやく、過ごしやすい季節になってきた。
スポーツの秋、ランニングの秋到来!…と言いたいところなのだけれど、諸般の事情で走れないのが辛いところ。
とりあえず毎日、早朝ウォーキングだけは続けているものの、いつものランナーたちとすれ違うと、ちょっと寂しい気持ちになる。
だからもっぱら僕は、心の憂さを本に求めている。読書の秋だ。
僕は、子供の頃から読書が好きだった。
古典文学や純文学には殆ど興味がないのだけれど、ミステリやSFなどのエンタメ作品や、ノンフィクション、紀行エッセイなど、さまざまなジャンルを読んできた。
これまで、興奮した本や感動した本は無数にある。
ただ、何度も何度も読み返したい本というのは、なかなかない。
小学校時代から繰り返し愛読しつづけている筒井康隆先生の作品群を別格(殿堂入り)とすると、殆どない。
僕は、基本的に《新しいモノ好き》なので、同じ本を何度も読むよりは、新鮮な刺激を求めてしまうからだ。、
ただ、誰かに「オールタイムベスト本は何?」と聞かれた時の答えだけは、いつも決まっていた。
この本。
沢木耕太郎「深夜特急」シリーズである。
僕は、若い頃、この本の単行本に出会ったことで、旅の素晴らしさを知った。
これは3年前に書いたエントリーだが、それ以降も、文庫版や電子書籍版で、何度も読み返している。
そのぐらい、僕の人生には欠かせない、オールタイムベスト本と言っていい。
これに匹敵する本は出てこないだろうなぁとも思っていたのだけれど…。
しかし、今月、その思いを揺るがせるような本に出会った。
「蜜蜂と遠雷」だ。
言わずと知れた恩田陸の代表作であり、直木賞&本屋大賞ダブル受賞作。
映画化もされている超有名作品だから「今更何言ってんだ?」と言われるかもしれない。
もちろん、それだけ有名な作品であることは、昔から知っていた。
恩田陸作品も、幾つかは読んだことはあり、印象も上々。だから、いつか読もうと思っていた作品のひとつではあった。
ただこれは、「クラシック音楽がテーマ」ということで、どうにも手をつけにくかった。
僕は、クラシック音楽の世界に疎かったからだ。
しかし、あまりにも評判が良く、信頼できる友人からも勧められた為、意を決して(大袈裟)読み始めてみて…驚愕した。
いやぁ、なんて読みやすく、そして心地よい小説なんだろう。これは。
物語の大筋は、国際ピアノコンクールの予選から本選に至るまでの舞台で、個性ある4人の登場人物、それぞれの挑戦を描く。
それだけと言えばそれだけの話なのに、これがなんとも奥深いのだ。
推薦してくれた友人から「読み進めていくと、頭の中に、音楽が流れてくるよ」と言われた時、僕は「そんな馬鹿な」と思った。
クラシック音楽に詳しい人間ならいざ知らず、僕は、全くと言っていいほど無知な人種。
どんな書き方をされたところで、曲自体を知らなければ、その演奏をイメージできるわけがないと思っていたのだ。
しかし…。
物語にのめり込んで読み進めていくうちに、そんな僕の思いは吹き飛んでしまう。
脳内に、演奏会の情景が浮かび上がってきたからだ。
前述の通り、演奏される曲は知らないので、そのメロディーは適当だ。(たぶん)
でも、僕の脳内には、確実に、心地よい音楽が流れてきたのである。衝撃。
何より凄いと思ったのは、演奏者、演奏曲それぞれに対する、作者恩田陸の表現力。
この物語は、主役が4人いるような話で、それぞれが、第一次予選から驚愕の演奏を繰り広げていく。
そんな演奏シーンがメインとなる物語だから、ともすると、どれがどれやらといった状況に陥る可能性もある。
しかし、この小説は違う。
それぞれのシーンが、完璧に書き分けられているからだ。
演奏の素晴らしさを伝える、形容詞や比喩の数が、とにかく半端じゃない。
音楽を伝えるのに、こんな表現の仕方もあるのか…と、僕は唸りながら読み進めた。
恋愛がらみのサイドストーリーもあることはあるが、この小説の主軸は、あくまで音楽コンクールであり、その軸は最後までブレない。
途中、大きな事件が起きるわけでもないのに、ぐいぐいと最後まで心地よく読ませる筆力には、本当に驚嘆した。
結末は、僕の予想とはちょっと違ったけれど、想定の範囲内。
読後感も最高で、読み終えた瞬間、もう一度最初から読み始めてしまったほど。
いやぁ、本当にいい小説だなぁ、これは。
その後、この小説(コンテスト)に登場した曲の全集が、amazon musicに出ていることを知り、曲を聴きながら、ゆったり再読した。
実際の曲を聴いてみると、また、あらためて、この本の素晴らしさを実感した。
いやぁ、本当に素晴らしい。素晴らしいなぁ。
ちなみに、この本は映画化もされている。
現在、Amazon prime会員なら、無料で見ることができるので、早速見てみたのだけれど…。
うーーーん。
どうにも僕には合わなかった。
それなりに評判が良い映画なのだけれど、原作に痺れた僕としては、どうしても腑に落ちない。
原作は、4人の登場人物たちが織りなす群像劇スタイルになっているのだけれど、この映画版は、栄伝亜夜の物語としか思えなかったからだ。
原作では、物語全体の核となっている風間塵の扱いが「雑」なのも気になった。
原作にない「偏屈キャラ」を演じる鹿賀丈史にも、なんだか違和感。
映画ならではの演出なのかもしれないが、個人的には不要だと思った。
栄伝亜夜を演じる松岡茉優の演奏シーンには、鬼気迫る物を感じたが、それだけに、他の演奏者が霞んでいる。
映画単体で見たら印象が違っていたのかも知れないが、小説の感動を映画に期待していた僕は、「これじゃない」感が否めなかった。
僕の想像力が足りないのかなぁ。
ということで…。
映画化された作品はイマイチだったのだけれど、関連商品と言える、この作品は気に入った。
祝祭と予感(幻冬舎文庫)| 恩田 陸
「蜜蜂と遠雷」登場人物たちの、スピンオフ短編集「祝祭と予感」。
そのタイトルも、表紙イラストも、本編との繋がりを感じさせてくれる。実に素敵だ。
収録されている作品は、どれも掌編ばかりなので、ちょっと物足りなさを感じる人もいるかもしれない。
でも、「蜜蜂と遠雷」にハマった人なら、これは絶対に必読。
短編だけではボリュームが少なすぎるため(?)おまけとしてついている、音楽関係のエッセイも、「蜜蜂と遠雷」再読時の楽しみを増やしてくれそうだ。
個人的には、《高島明石》の物語も読みたかった。それだけが残念。
ただ、いずれにしても、本当にこれは傑作で、僕の最新最強オールタイムベスト本であることは間違いない。
今更ながらではあるけれど、いい本に出会えて幸せだ。