餃子ランナーは電子機器の夢を見るか?

ランと餃子とデジタルガジェット。ときどき、映画や雑誌の話。言いたいことを言い捨てるブログ。

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さよなら、ありがとうPHS。

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昨日。2021年1月31日をもって、ひとつの歴史が終わった。

一般向けのPHSサービスが終了したのだ。

法人向けのテレメタリングプランは、2023年まで継続されるため、《停波》というわけではないのだけれど、一般消費者向けとしては、長い歴史の幕を下ろしたことになる。

PHSのサービスを提供していたワイモバイルのサイトでは、PHS誕生から終了までの25年間を振り返る特設ページができている。

僕は、それを眺めていたら、懐かしくてたまらなくなった。

このブログで、最初にPHSを取り上げたのは、今から16年前。

2005年の2月のことだった。

NTTドコモがPHS事業から撤退し、旧DDIポケットがウィルコムに変わる、そんな四方山話を、僕は書いていた。

当時僕は、AH-H407Pという、AIR-EDGE(旧名称「AirH"」)通信カードをThinkPadに繋いで、便利に使っていたことを思い出す。

AIR-EDGEは、PHS回線を利用したIPデータ通信サービスは、安価で、定額インターネットを使うことができたため、当時はとても便利だったのだ。

NTTdocomoはPHS事業から撤退したものの、旧DDIポケットから生まれたウィルコムは、PHSの世界に新しい、革命的な風を吹き込んだ。

それが、その年の暮れに発売された…

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W-ZERO3だ。

まだ、iPhoneなど影も形もない時代。「スマートフォン?何それ?」などと言われる時代。

日本におけるスマートフォンの先駆けとして、そして、PHS端末として、W-ZERO3は華麗なるデビューを果たす。

この頃の僕のブログは、毎日のように、W-ZERO3のことばかり書いていた。

もしもW-ZERO3が発売されなかったら、僕も、ここまでスマートフォンにのめりこまなかったかもしれない。

それぐらい、僕にとって、なくてはならない、思い出の端末となった。

だから僕は、PHSに、そしてW-ZERO3には、とても感謝している。

その後僕は、W-ZERO3の後継機もゲット。

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初代W-ZERO3、W-ZERO3[es]、Advanced/W-ZERO3[es]。

今でも、僕の大事な宝物たちだ。

あぁ、これらのガジェットと過ごした日々が、愛おしくてたまらない。

当時、僕はまだ若かったし、W-ZERO3にも勢いがあった。

毎年秋のNY旅行では、W-ZERO3を帯同させて、タイムズスクエアの写真を撮る、というのが僕の定番だったりしたことも思い出す。

PHSは、日本独自の規格だから、アメリカでは使えないのだけれど、W-ZERO3には無線LANが搭載されているため、通信にも問題はなかった。

僕とW-ZERO3シリーズとのつきあいは、3代目のAdvanced/W-ZERO3[es]まで。

僕は、スマートフォン沼にのめりこみ、海外からの端末などを購入したりする道に進んでいく。

しかし…その後、1度だけ心がぐらついた。

なんと、PHSとW-CDMA(3.5G)のハイブリッド通信機能を搭載したスマートフォンが発売されたからだ。

その名もHYBRID W-ZERO3。

PHSと携帯電話のいいとこどりで、(当時としては)全部入りの機能を持った、画期的な、凄いスマートフォンだった。

結局僕は、購入を見送ったのだけれど、これがW-ZERO3シリーズ最後の端末になったことで、ちょっと後悔。ゲットしておくべきだったなぁ…。

と。

PHSの思い出を語るつもりが、W-ZERO3の思い出話になってしまったw


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