餃子ランナーは電子機器の夢を見るか?

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大雪は“大切”か?二季ニッポンの節気を考える。

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今日、12月7日は二十四節気のひとつ「大雪(たいせつ)」。

「雪がいよいよ降り積もる頃」という意味を持つ言葉だ。

東京では、この時期に雪が降ることはまずないが、間違いなく季節は冬に突入している。

二十四節気は、もともと旧暦をもとに季節を読み分けるための指標だから、今の気候と感覚が合わないことが多い。

特に夏場はその乖離が顕著で、「立秋」を過ぎても灼けるような暑さは続き、夏の終わりを示すはずの「処暑」になっても、猛暑が続く地獄の日々。

この点については、僕は、過去何度も不満を呟いてきた。

ただ、1年でこの時期だけは、二十四節気の暦も腑に落ちる。

暦に「大雪」と書かれていれば、なるほど今日の肌寒さと噛み合うような気がするからだ。

日中こそ、陽射しの暖かさがあるものの、朝晩の空気は刺すように冷たい。

つい先日、地獄のような猛暑が終わり、「ようやく秋が来た」と思ったのも束の間。

夏がそのまま冬へ直行してしまったような感覚さえある。

そんな状況を踏まえ、今年の新語・流行語大賞には、「二季」がノミネートされた。

日本の大きな魅力である筈の「四季」の変化が消え、夏と冬に収束していく「二季」になってしまっているのではないか、という現象だ。

こういった突然の季節変化は、ランニングスタイルにおいても、大きな影響を及ぼす。

夏場はとにかくシンプルで楽。

半袖ランニングシャツに短パン。それだけでいい。

僕は基本的に、朝4時台~5時台に走るランナーなので、夏は、太陽が昇りきる前に走り終えられて快適なのだ。

今年は、骨折のために8月以降全く走れなくなってしまったけれど、我慢のウォーキングにおいても、そのスタイルは変わらなかった。

しかし今は、そんな軽装で外へ繰り出すと、痛い目に遭う。

いきなり寒くなりすぎだからだ。

「長袖を下さい」どころじゃない。

上着がなければ走れないような状況になってしまった。

手袋さえも必要になってきており、いやはや面倒。

せめてスピードを出せれば、身体が温まって快適になるのだろうけれど、まともに走れない今は、のろのろ走ることしかできないし…。

いやはや、本当に気が重い。


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