東京に《令和の禁酒令》が出る直前。まん防が施行されていた頃。
僕は、以前から気になっていた店を訪れることにした。
店の名は「宝龍」。
この店の場所をひとくちに説明するのは、非常に難しい。
食べログなどの情報によると、最寄り駅は、北区の十条となっているが、十条銀座などで栄えている《いわゆる十条》地区ではない。
十条駅からは700m近く離れており、住所も板橋区稲荷台なので、そもそも、北区でさえないのだ。
その外観は、いかにも昭和の町中華といった趣で、入口には、長い暖簾がかかっている。
町中華に慣れていない人には、入店するのに勇気がいるかもしれない。
しかし僕は、むしろこういう店の雰囲気が好きなので、期待に胸を膨らませていた。
入口には、このような貼り紙があった。
まん防に伴う案内と、《喫煙可能店》の表示。
僕は煙草を全く吸わないので、「煙が立ちこめていたら嫌だなぁ…」と、一瞬怯んだが、昭和の町中華であれば、それも仕方ないか…と思うことにして入店。
店に入るなり、「いらっしゃいませー!」という、大きな明るい声に迎えられた。
若い男性店員の挨拶だ。
こういった雰囲気の町中華は、年配の方が経営していることが多く、渋い感じの挨拶で迎えられることが多いので、僕は、ちょっと驚いた。
しかし、最高に気分のいい挨拶だった。
僕は、喫煙可能店のモヤモヤが吹き飛び、店への大いに好感度が上がった。
先客はカウンター1名のみだったので、僕はテーブル席に着席させてもらい、店内を見渡す。
昭和から掲示されているかのような、年期が入ったメニュー表。
そんな時代を感じる店ではあるが…。
カウンター席は、不透明のプラスチック板で区切られており、今の時代にも対応している。
テーブル席も同様。
2人で来店し、向かい合わせになったとしても、飛沫が飛ばないようになっている。
それはいいことなのだろうが、例えば恋人同士だったりしたら、シルエット越しの会話になる感じで、ちょっと微妙な雰囲気になるかもしれない。
いつでも孤独な餃子ランナーである僕にとっては、全く問題ないのだけれどw
テーブルの横に貼ってあったお得なメニュー、《キャベツの正油チャーハン》などはちょっと気になったが、まず、何はともあれ、ビールを注文。
そう。この時はまだ、ビールを注文することができたのだ!
すると、「かしこまりましたー!」という気持ちのいい声が返ってきて、ほどなく、僕の目の前に、それが運ばれてきた。
ビールは大瓶の633ml。
サービスとして、絹ごし豆腐半丁がついてきた。刻みネギも添えられており、最高のアテだ。
僕は、またしてもこの店への好感度が上がり、満を持してメイン料理を注文。
美味しい豆腐とビールでいい気分になりながら、それが登場するのを待っていた。
10分程度経っただろうか。
「お待たせいたしました!」という、快活な言葉とともに、待望の料理が運ばれてきた。
それはもちろん、言うまでもなく…。
焼餃子だ!
こんがり焼けたキツネ色の皮。ぷっくりと膨らんだフォルム。その見た目だけで、僕はノックアウトされそうになった。
こんなん、美味しいに決まってるじゃないか!
餃子にとって、史上最強の相棒、ビールとの競演。
あぁ、この時はまだ、町中華で競演することができたのだ!(しつこい)
囓ってみる。
いやはやこれが、見た目以上に素晴らしかった。
薄皮の中に、丁寧に刻まれた具。口の中でほろほろと崩れる感覚がたまらない。ニンニクもガツンと効いており、僕好みの餃子だ。
下味がしっかりついているので、何もつけなくても美味しいし、ビールには最高に合う。
あぁ、また、いい店に巡り会うことができてよかったなぁ…。
僕はそんな思いで心が満たされた。
他の料理も食べてみたくなったし、この餃子もお替わりしたくなったのだけれど、僕は、なんとかその気持ちをグッとこらえた。
この後、計画していることがあったからである。
僕は、いい気分になって、店員に「ごちそうさまでした」と告げると、これまた気持ちの良い声で、「ありがとうございました!」と挨拶された。
何度も書くけれど、この店員の挨拶は絶品だ。
客商売の鑑と思えるほど、実に清々しくて気持ちがいい。
それに加えて、最高の餃ビーを味わえるのだから、文句のつけようがない。
心がちょっと疲れた時は、是非また訪れようと思いながら、僕は、この店を出た。