JR中央線阿佐ヶ谷駅。
その北口を出ると、スターロードという小道がある。
阿佐ヶ谷は、実にさまざまな顔を持った町だが、この小道もその顔のひとつ。
居酒屋やバーなど、気楽に飲める店が軒を連ね、夜になると、提灯や看板の灯りが魅惑的な雰囲気を醸し出す。
僕は、そんな店たちの誘惑に耐えながら、小道を進んでいく。
やがて商店街が終わり、急に灯りが途絶えた通りを少し進むと、その店は、突然姿を現した。
僕の目指していた店、中華料理「三番」だ。
縦から見ても、横から見ても、昭和の「ザ・町中華」店。
暖簾の上にある庇テントに書かれている店名は、ほぼ消えてしまっていて、もはや《三番》と読めない。
でも、そこがいい。それがいい。まさにその味わいこそが、町中華の神髄だからだ。
町中華では定番と言えるショウウインドウ。これを見るだけで、僕は心が和む。
いざ、入店。
店内は、小綺麗な感じでまとまっていた。
テーブル席はみな2人がけになっていて、ひとり飲みにはぴったり。
壁のメニューを眺める。餃子は看板メニューのようで、2カ所に書かれている。
もちろん僕はそれを注文するつもりだったが、まずは…。
ビールを注文。
お新香が一緒についてきた。ちょっとしたアテだけれど、やっぱり嬉しい。
ただ、これだけでは、メインディッシュ(餃子)が出てくるまで繋げないため、もう一品注文しておくことにした。
ということで、壁のメニューから、僕が選んだのは、《ニラ玉野菜炒め》。
僕はニラ玉が大好きなので、それがメニューにあれば、大抵選んでいる。
一口にニラ玉といっても、色々なタイプがあるが、僕は、「ニラと玉子だけ」を「炒めた」ものが一番好きだ。
店によっては、ニラより《もやし》が主役だったり、炒め物ではなく、《ニラ玉煮》だったりすることがあり、そのたびにちょっと落胆したことを思い出す。
この店の場合、《ニラ玉野菜炒め》というネーミングなので、もやし入りは確実。
ただ、潔く《ニラ玉野菜炒め》と謳っている以上、看板に偽りなしなので、妥協することに決めた。
しかし、そんな僕の残念な思いは、意外な形で裏切られることになる。
僕がニラ玉野菜炒めを注文すると、店の親父さんは、厨房でそれをてきぱきと作り始めたが、僕はその風景を眺めていて、ちょっと驚いた。
なんと…。
野菜炒めとニラ玉を、別々に作っている!
からだった。
親父さんは、中華鍋で野菜炒めを作りながら、もうひとつの中華鍋でニラと玉子を炒めていたのである。
そして出てきたのが、これ。
野菜炒めの上に、ニラと玉子がオンされて、3層構造になっている。
この構造が、とにかく素晴らしい。
ニラ玉炒めの注文で、もやし入りニラ玉炒めが出てきた場合、僕がどうにも好きになれないのは、もやしの水っぽさで、ニラや玉子の食感が殺されてしまうこと。
しかし、この店の《ニラ玉野菜炒め》は違う。
野菜炒めとニラ玉は完全に独立して存在しているため、ニラのシャキシャキした食感・存在感が完璧に残っているし、玉子の風味も存分に味わえる。
もちろん、野菜炒めとしての美味しさも抜群で、実に食べ応えがある。
いわば「野菜炒め」と「(純粋な)にら玉炒め」の2品をダブルで注文したようなものであり、それでいながら580円というのは、コスパ的にも申し分ない。
塩味の効き具合も絶妙で、僕は、これだけでビール1瓶を飲み干してしまったほど。
いやぁ、これは本当に素晴らしい料理だ。
僕は、町中華の神髄のような店で、その奥深さを実感した気がした。