僕にとって、今年の2月は、忘れられない月になった。
なんと言っても…。
2月5日の別府大分毎日マラソン。これに尽きる。
僕は、40km関門を、這々の体で通過したものの、無念の「タイムアウト」ゴールとなった。
ラスト195mを考慮し忘れていたという誤算はあるものの、最大の敗因は、底力のなさ。
なぜ、最後の2kmで、あらん限りの力を振り絞れなかったのか。
今年の別大で3時間半を切ることを目標に、去年からずっと、頑張ってきたというのに…。
大分陸上競技場のトラック。フィニッシュゲートの目前で、トラックに設置された時計が、3:30:00を超えた瞬間の残像…そして、競技場にこだました溜息の残響。
僕は、一生忘れることがないだろう。
ただ、悔やんでばかりいても始まらない。僕は、気持ちを切り替えるつもりだった。
別大の感想エントリーにいただいた、皆さんからの暖かいねぎらいコメントが本当に嬉しくて、それに応えるためにも、次の目標に向け、頑張るつもりだった。
ところが…。
謎の肋骨痛が発症。
日常生活的に、それほど支障はなかったが、走り出すとズキズキ痛んだため、とても練習どころではなくなってしまった。
そのため、ランは自重。
整形外科医の診察によれば、骨折などの症状はないということで、とりあえず一安心。
「激しい運動の影響で、肋骨損傷の可能性はある」ということだったから、今から思うと、別大の後遺症が残っていたのではないかと思う。
6日間の完全休養をとったことで、体調は緩やかに回復。
別大1週間後には、昼の河川敷をゆったり走れるようになり…。
その翌週末は、峠走までできるようになった。
2月のランは、結局、累計211km。
目標は280km*1なので、それには遠く及ばないが、別大後、肋骨痛に苦しんでいたことを考えれば、悪くないと思う。
2月末に届いた、別大の記録証と完走者名簿。
僕も、別大出走資格となる3時間半は切れなかったものの、完走「扱い」ではある*2ので、一応名簿には掲載されている。
今年から、参考記録として掲載されるようになった、ネットタイム*3。
3時間29分42秒。
別大において、ネットタイムは何の意味もないけれど、一応、3時間半を切れていることは、今後のレースのモチベーションに繋がる。
最近の僕は、ネットタイムでもタイムが落ちて、3時間半を切れなかった。
だから、「もう歳だ、ダメだ…」と思い始めていたのだけれど、まだ、もう少し頑張れるんじゃないかという気がしてきた。
今後のレースでは、※参考、のネットタイムではなく、グロスタイムで、何とか3時間半を切れるよう、チャレンジを続けたい。