- こだまの日
- パラグライダー記念日
- 蓄音機の日
「この空を飛べたら」という歌で中島みゆき*1が綴っているように、人は、
空を飛ぶことができない。
去っていった恋人が戻らない状況を、人は空を飛べないという状況に重ね合わせ、
「空さえ飛べればあの人は戻ってくるかもしれないのに!*2」という思いに昇華
させてしまう中島みゆきの才能には、(今更ながら)敬服してしまう。
しかし、このパラグライダーというスポーツを考えると、空を飛ぶと言うことも、
決して不可能ではないとも思えるのだ。
もちろん、グライダーをはじめとした機材を体に身につける必要があるし、
風や天候にも左右されるから、非常に制約の大きいスポーツだ。
大抵は、山の斜面などから、舞い降りてくるという形になるので、
「飛んでいるのではなく、単に重力に従って落ちているだけではないか」と
思っていたこともあった。
しかしこれは完全な誤解で、パラグライダーは風を使って上昇をすることも
できるのである。
だから、風の助けを大いに借りれば、「鳥のように」飛んでいるといっても
おかしくないと思えるのだ。
中島みゆきがこの歌を作った時、パラグライダーの存在をどのように
考えていたのかということが少し気になったのだが、答えは簡単だった。
このスポーツは歴史が浅く、日本で普及し始めたのは1986年頃だという。
世界的に見ても、その端緒でさえ1978年*3だから、非常に最近なのである。
「この空が飛べたら」という歌が世に出たのは、1978年の3月だから、
中島みゆきがその事実を知るわけがなかったのだ。
もし、パラグライダーが、もっと早く日本で普及していたら、あの名曲は、
世に出ることがなかったのだろうか。
パラグライダーの出現により、「人は空を飛べるようになった」と言うのは
無理があるとも思えるので、何の影響がなかったかもしれないけれど。
