餃子ランナーは電子機器の夢を見るか?

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パラグライダー記念日

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7月31日 今日は何の日〜毎日が記念日〜

「この空を飛べたら」という歌で中島みゆき*1が綴っているように、人は、
空を飛ぶことができない。


去っていった恋人が戻らない状況を、人は空を飛べないという状況に重ね合わせ、
「空さえ飛べればあの人は戻ってくるかもしれないのに!*2」という思いに昇華
させてしまう中島みゆきの才能には、(今更ながら)敬服してしまう。


しかし、このパラグライダーというスポーツを考えると、空を飛ぶと言うことも、
決して不可能ではないとも思えるのだ。
もちろん、グライダーをはじめとした機材を体に身につける必要があるし、
風や天候にも左右されるから、非常に制約の大きいスポーツだ。
大抵は、山の斜面などから、舞い降りてくるという形になるので、
「飛んでいるのではなく、単に重力に従って落ちているだけではないか」と
思っていたこともあった。


しかしこれは完全な誤解で、パラグライダーは風を使って上昇をすることも
できるのである。
だから、風の助けを大いに借りれば、「鳥のように」飛んでいるといっても
おかしくないと思えるのだ。


中島みゆきがこの歌を作った時、パラグライダーの存在をどのように
考えていたのかということが少し気になったのだが、答えは簡単だった。
このスポーツは歴史が浅く、日本で普及し始めたのは1986年頃だという。
世界的に見ても、その端緒でさえ1978年*3だから、非常に最近なのである。
「この空が飛べたら」という歌が世に出たのは、1978年の3月だから、
中島みゆきがその事実を知るわけがなかったのだ。


もし、パラグライダーが、もっと早く日本で普及していたら、あの名曲は、
世に出ることがなかったのだろうか。
パラグライダーの出現により、「人は空を飛べるようになった」と言うのは
無理があるとも思えるので、何の影響がなかったかもしれないけれど。

*1:加藤登紀子に提供して大ヒットした名曲だが、中島みゆき自身も歌っており、「おかえりなさい」に収録されている。

*2:「でも実際飛べる筈はないのだから、あの人は戻ってこない!」という反語になっている。

*3:この頃、フランスのスカイダイバーが山の斜面からパラシュートで下りたのが始まりと言われる。


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