餃子ランナーは電子機器の夢を見るか?

ランと餃子とデジタルガジェット。ときどき、映画や雑誌の話。言いたいことを言い捨てるブログ。

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タクシー料金は能力別にすべきだ

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ほぼ今日になろうかという時刻の昨晩。
僕は、10時間に及んだ会議を終えて、這々の体で帰宅しようとしていた。
家までは2本の電車を乗り継いで、ほぼ30分。駅から家までの距離も
1分しかない。それほど長い時間ではないし、全体平均からみたら、
むしろ短いぐらいの通勤時間だと思う。


でも、10時間使い続けてくたくたになった頭と体は、その30分をも
苦痛と感じていた。時間も相当に遅い。さらに明日も早朝出勤が必要だ。


様々なことを短時間のうちに考えて、僕は、タクシーでの帰宅を選んだ。
この時間は3割り増しになっていて、家まではだいたい2,500円くらいかかる。
決して安くはない。でも、乗ってしまえば快楽の筈だ。
20分間。行き先だけを指示すれば、例えば眠っていても家に着く。
満員電車ですし詰めになって帰る苦痛とは比べ物にならない。
わずか10分間の差であるが、僕はいわば、その時間と精神的な安楽を
2,500円で買ったのだ。


しかし。僕が乗ったタクシーは、最初から変だった。


「●●駅までお願いします」
「…●●駅ですか?ん…は、はい、わかりました。」

最初の反応で不安になった僕は以下の言葉を付け足した。

「■■を曲がって、★★経由でお願いします」
「あ、★★経由ね、はい」

なんとなく不安を感じながらも、これまで数十回同じ経路でタクシー
利用している経験から、一応大丈夫であろうと判断し、ipodで音楽
を聞きながら、ゆったり休もうとした。


しかし、そうはいかなかったのである。


最初の分岐点。「■■を曲がって」の部分。
ここでタクシーはウインカーを出して左に曲がろうとしていた。
違う!


「右です!」


僕は大声で叫んだ。
ここを左に曲がったら、絶対に★★なんか経由できない。
ほんとに道わかってるのか、この運転手は?


全然わかってなんかいなかった。
それから僕の家までつく、わずか20分間。
ほぼ、全ての十字路、分岐点において、僕は「右!」「左!」「この先!」
などという言葉を叫び続けなければいけなくなった。


いったいどういうことだ、これは。
何で僕が3割り増しの高いお金を払って、運転手のナビゲーションを
しなくてはいけないのか。
僕の家が僻地にあって、目標物など何もなく、わかりにくいというなら
それもまだわかるが、ここは大都会のど真ん中で、経由する地域も、
目的地も基本中の基本なのだ。これは今まで数十回乗った経験から
明らかすぎるほどわかっている。
こんな道がわからないようでは、どこの場所を運転しても同じだ。


よくもそんな状態でタクシーの運転手がつとまるものと呆れる。
今回は、僕の意識が(疲れていたとはいえ)正常だったから、まだ
ナビゲーションできたが、もしも泥酔していたらどうなっていたのか。
眠りこけているうちに、あちこち迷って引きずり回されたあげく、法外な
運賃を請求されていたのではないか。
腹立たしくて仕方がない。


結局。
20分間のナビゲーションを終えて、いつものように僕の家までタクシーは
着いた。もちろんいつもと同じような料金で。
「こんな運転手は、もう二度と利用するものか」と思っても、タクシーの
場合客は運転手を選べないのだ。
サービスの質は圧倒的に違うのに、料金は一律(いや、むしろ増えることも
ある)というのは、どう考えてもおかしいのではないか。


タクシー会社に言いたい。
もっと運転手を教育してくれ。道を知らない運転手を雇っているのは、いわば
商品知識ゼロの店員を雇っているデパートと同じだということを認識してくれ。
タクシーの運転手は、メーターによる一律の料金がもらえることにあぐらを
かいて、営業努力や勉強(この場合、道を覚えることだ)をまるでしなくても
業務が成り立ってしまう。これはどう考えてもおかしいとしか思えないのだ。


若葉マークの運転手がいるなら、若葉マークのタクシーを作ってくれ。
能力は低い代わりに、料金は安い、そういうタクシーを。
それがあるなら、状況に応じて利用者もタクシーを選ぶことができるし、
運転手の能力向上に繋がる筈だ。

今のまま、運転手の怠慢を利用者におしつけるタクシー会社の責任は、
あまりにも大きい。


*個人タクシーを選べば安心ということはわかっている。
しかし「レベルの区別がつかない」業者タクシーの方が圧倒的に数が多く、
しかも乗ってみないとわからないというバクチ状況の放置は許し難いと
いうことなのだ。


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