部屋番号は、まだ覚えていた。
僕は、何でも忘れっぽいたちなのだけれど、キリがよかったので記憶に残っていたのだ。
ということで、僕は、やおら、別大遠征時のホテルに連絡し、こう告げた。
「泊まったのは、2月4日から2泊で、部屋番号は…。」
そして、丁重に、忘れ物が残っていなかったかどうか、尋ねた。
僕は、それがデジカメであることを話すとともに、食堂や温泉など、部屋以外で忘れた可能性もあることを付け加えた。
とにかく、ホテル内にデジカメの忘れ物があったかどうかを調べてもらうことが重要だったからだ。
ホテルの女性が、「調べますので、折り返しご連絡させていただきます。」と言ったので、僕は、いったん電話を切り、じっと、折り返しの連絡を待った。
3分…5分…10分。
どれだけ時間が経ったろう。その間、僕の心は、さまざまな思いで揺れまくった。
「それらしきものがあるので、宿泊記録との照合など、確認に時間がかかっているのだろうか?」
いや。
「1週間も前の忘れ物なら、とっくに保管されている筈だから、その中にはなくて、念のため、手広く確認してもらっているのだろうか?」
さまざまな可能性を考え、しかし、できるだけ希望を、奇跡を信じて、祈る気持ちで待ち続けた。
待つこと20分後…。折り返し、ホテルからの電話が来た!
僕は、ホテルの女性が発する、第一声のトーンで、すべてが判明すると思った。
デジカメが発見されたのならば、きっと明るい声の筈だし、発見されなければ、申し訳なさそうなトーンになると思っていたからだ。
しかし、果たしてそれは、実に微妙なトーンだった。
「…様のお電話でよろしかったでしょうか。」
決して明るいわけではないが、単に、見つからなかったことをお詫びするような声とも違う気がした。
僕の拙い文章力では、その雰囲気をうまくは表現できないが、「何か」僕への連絡事項がありそうなトーンだったのだ。
僕は、希望を繋ぎつつ、電話の主が自分であることを告げた。
すると、「お泊まりになったのは、〇〇〇号室でよろしかったですよね?」との確認。
おぉ、あえて部屋番号を再確認するということは…見つかった可能性がある!
僕は、そう思って、大いに期待し、そうだと答えた。
ホテルを出るとき、部屋には何も残さずに出てきたと思ってはいたが、100%の確信はない。そもそも、ちゃんと格納した記憶もないのだから、何らかの形で残っていた可能性だってある。
だから僕は、大いに期待しながら、ホテルの女性が繰り出す言葉を待った。
しかし、それは僕の期待とは異なる、意外な回答だった。
「デジタルカメラは見つからなかったのですが…。部屋にTシャツが残っていました。」
…ん?Tシャツ?
僕は、そんなものを忘れた記憶は全くなかったが、色やデザインを尋ねると、間違いなく、僕のTシャツだった。
いったい、何をやっているんだ僕は。デジカメだけじゃなく、Tシャツも忘れていたとは。しかも、それに気がつかなかったとは。
自分で自分が嫌になった。
そういえば…。
2年前のサロマ遠征宿泊時にも、ホテルにTシャツを忘れてしまっていたことを思い出した。
あのときは、愛着のある、大事なTシャツだったため、ホテルから着払いで送付してもらったが、今回は、着古したものだったので、僕はホテルの女性に処分をお願いすることにした。
Tシャツの件を回答するとともに、僕は、一応、デジカメの件も再確認してみたが、部屋内だけでなく、ホテルのどの場所からも、デジカメは発見できなかったとのことだった。
「今後、もし発見されるようでしたら、このお電話に連絡させていただきますが、もう1週間経っていますので、おそらく…。」
ホテルの女性は、今度こそ済まなそうに、言葉を濁した。
僕は、彼女に、こちらこそ申し訳ないと思いつつ、あらためて捜索していただいたお礼とお詫びを告げ、電話を切った。
…もうダメだ。デジカメが出てくる可能性はない。
まだ購入して半年しか経っていなかったのになぁ。とっても悔しいけれど、自己責任。気に入っていたモデルなので、再注文するか…。
などと思いながら、しばし、放心していた。
ランニングに出かけるつもりだったのに、そんな気分も失せてしまったため、僕は、部屋着に戻ってふて寝でもしようと思った。
ランシャツは、再使用するべく、無造作に、クローゼットの引き出しの中に押し込んで…。
と。その時。僕は掌に違和感を感じた。
え?何か固いものがある。引き出しの中には、衣服しか入れていない筈なので、固いものが入っているのは、何か変だ。
もしかして、もしかすると、まさか…。えーっ。
なんと、デジカメが出てきた!
僕は、「なんでこんなところに…。」と思い、唖然呆然。全く理由がわからなかったが、その後、いろいろと考えてみて、なんとなく想像できた。
僕は、別府からの帰宅後、鞄の荷物を整理する際、今回使わなかったウェアがたくさんあったため、それらをまとめて、一気に引き出しの中へ押し込んだ。
おそらく、デジカメは、それらウェア類の間に紛れ込んでいたのではあるまいか。
まさか…とは思うけれど、あり得ないことじゃない。
別府のホテルを出るとき、あまり時間がなかったので、僕は、部屋に散乱していたいろいろなものを、鞄の中へ未整理で詰め込んだからだ。
デジカメは、きっと、そのとき、ウェア類の間に紛れ込み、さらに、引き出しの中にも、紛れ込まれたまま、まとめて放り込まれてしまったのだろう。
その後、僕は、1週間走らなかった(走れなかった)ため、当然、引き出しの中も細かくチェックしなかった。
昨日、ランニングの装備をした際は、一番上にあったシャツを取り出しただけなので、気がつかなかったが、まさかその奥にデジカメが眠っていたとはなぁ…。
そんなこととはつゆしらず、悶々と、そしてバタバタすること1時間以上。馬鹿すぎる。
いやはや無駄な時間を過ごしてしまったが、でも、結果的にデジカメが出てきて本当に良かった。
ということで、僕は気を取り直して、やっぱり走ることにした。一週間ぶりのランニングを堪能。もちろん、デジカメも活用できた。
そして今日。夜明け前ランの習慣も再開。
とっても冷え込んでいたけれど、空は澄んでいて、月もくっきりと見えた。
1週間前。大分駅で見た上弦の月は、その後、満月を過ぎ、下弦に向かって欠けはじめていた。
月の移り変わりは、夜明け前ランの大きな魅力。
こういう写真が撮れるのも、高倍率なデジカメがあるからこそ。
紆余曲折はあったけれど、見つかって、本当に良かった(^^;