餃子ランナーは電子機器の夢を見るか?

ランと餃子とデジタルガジェット。ときどき、映画や雑誌の話。言いたいことを言い捨てるブログ。

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悔しさでいっぱいの、別大「タイムアウト」完走…。

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1年前。

僕は、別大マラソン後、完走記念のフィニッシャータオルをなくしてしまった。

このエントリーを書いた後も、しばらくしてから、僕は事務局などに問い合わせみたが、結局タオルが出てくることはなかった。

だから今回の大会は、去年失ったフィニッシャータオルを、あらためてゲットするためにも、とても大事な大会だった。

が、レース前は不安が山積み。

僕は、去年の別大を3時間23分で走って以降、いくつか出たフルマラソンでは、不調にあえぎ、3時間半を切ることができなくなっていた。

北海道3時間33分、シカゴ3時間47分*1、つくば3時間32分。

僕は、もう、サブ3.5ランナーには戻れないんじゃないか…とかなり落ち込んだ。

しかし、別大を走る以上、落ち込んでいる場合じゃない。

このレースでは、3時間半を切るペースで走り抜かなければ、ゴールができなくなってしまうからだ。

フィニッシャータオルが欲しい!収容バスには乗りたくない!

そう思って、スタート地点に立ったのだけれど…。

ひとつだけ言い訳を言わせてもらえば、胃の調子が良くなかった。

レース数時間前に食べたおにぎりが、なぜか消化できず、どうにもお腹がもたれていて、レース直前は、吐きそうな気分だったのだ。

そのため、今回のレースでは、ずっと、胃もたれを感じながら走っていた。別大は、もとより給食エイドのないストイックなレースだが、これまでは、持参した補給食のジェルで後半のスタミナを補うのが常だった。

しかし、今回は、胃が受け付けなかったため、ジェルは使わずに走り続けた。

ただ、ラップを見ると、後半に至るまで、北海道やつくばのラップと対して変わらず、キロ4分50秒ペース。

いずれにしても、今の僕にとっては、これがスピードの限界値なのだ、きっと。

胃の調子がどうにも気になって、騙し騙しで走っていたが、それが集中力に繋がった可能性もあるから、結局は、影響がなかったのかもしれない。

  • 25km関門…封鎖3分10秒前に通過。
  • 30km関門…封鎖3分前に通過。

30km過ぎにある、2つめの折り返し地点を回ると、反対側の車線は、すぐに交通規制解除。収容車が僕を追尾してきているのが見えた。

怖い。怖すぎる。あれには乗りたくない。その思いだけが、僕を動かしていた。

  • 35km関門…封鎖2分前に通過!

いやはや危ない。つくばでは35kmから大失速したため、ここからが僕の正念場だった。

精神的にはかなり参っていたし、足も動かなくなっていた。

しかし、キロ5分10秒で走り抜くことができれば、何とかギリギリ間に合う計算だったので、僕はそれだけは死守しようと思って頑張った。

  • 40km関門…封鎖1分半前に通過!

もう、関門はない。あとたった、2km。死ぬ気で頑張るだけ。

ペースは、既にキロ5分10秒さえも切れなくなっていたが、あと2kmならば、多少落ちても、何とかギリギリ間に合う筈!

そう思いながら、僕は走っていたのだけれど、走りながら、大きな誤算があることに(やっと)気がついた。

40km関門からの距離は、2kmじゃない!さらに195mある!!

たかが195m、されど195m。キロ5分のペースで走っても、1分はかかる距離だ。

僕は、その距離のことをしっかり考慮せずに、残り時間を計算し続けていた。甘い、甘すぎる。

しかし、もう、後の祭り。40km過ぎの僕に、そのロスを取り戻す脚は、もう残っていなかった。

別大のゴール地点となるのは、大分陸上競技場。ここを、約1周、400m程度走らなければいけない。

僕が、陸上競技場に入った時、サブ3.5までの残り時間は、たぶん2分程度だったと思う。

僕は、最後の力を振り絞って走った。トラックの外からは、既にゴールインしたランナーたちからの熱い声援が飛ぶ。

「まだ、間に合うぞ!」

「来年の権利がとれるぞ!」

「頑張れ!頑張れーっ!」

その大合唱を受けて、僕は何とかスピードを上げようとしたが、時、既に遅し。

その間にも、トラックに設置された時計はどんどんカウントを進めていく。僕がフィニッシュゲートを目前にした時、その数字は…。

3:30:00

を掲示した。

時計がこの数字に変わった瞬間。トラックの周りからは、それまでの応援の声が止み、大きな溜息のような唸りが響いた。

その、何ともいえない切ない響きを、僕の耳は、一生忘れることがないだろう。

あぁ、僕の、今年の別大は、ゴールを目前にして、終わってしまったのだ。無念すぎる。

それから約20秒後、僕はフィニッシュゲートをくぐった。

これはいったいどういう扱いになるのだろう?と思ったのだけれど、驚くべきことに、僕は、「別大完走者」の扱いを受けた。

そう。

別大は、参加資格が3時間半以内の大会だが、フィニッシャー資格は3時間半ではなかったのだ。

「40km関門を3時間20分以内に通過する」ことが条件で、逆に言えば、40km関門さえ通過してしまえば、どんなに時間がかかっても、完走扱いにはなるようだった。

ということで…。

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昨年なくしてしまったフィニッシャータオルはゲット。

収容されずにゴールしているし、タオルももらえたので、普通の大会であれば、これは「完走」と呼ぶのだろう。

が、しかし。

3時間半切りのランナーが対象である、この大会において、これを完走と呼べるのだろうか…?

40km関門通過が完走条件にはなっているが、それはあくまで大会運営上の便宜的なもの。ゴールを3時間半で封鎖すると、いろいろと問題が起きる(?)可能性があるから、その前に足切りをしただけ。

だから、いかに公式記録としての完走者であっても、僕は、単なる「完走者扱い」のランナーであって、別大の、真の「完走者」ではない。

それは、トラックに入ってから聞いた、大きな溜息の唸りが物語っているのだ。

だから、本当に、本当に、今回の大会は悔しい。

この悔しさを晴らすべく、来年は、すっきりとした形で完走できるよう、頑張りたい。

*1:この時は、シカゴに着いてから、アクシデント続きだったので、例外だと思いたい…。


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