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餃子ランナーは電子機器の夢を見るか?

ランと餃子とデジタルガジェット。ときどき、映画や雑誌の話。言いたいことを言い捨てるブログ。

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「野良猫 in the Park」の喜びに浸った、夜明けランの2週間(立腹篇)

Running
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(承前)
その日、公園のテーブルの上に、いつもの野良猫はいなかった。
table
テーブルに近寄ってみて、周りを探してみても、やっぱりみつからなかった。
cat7
テーブルの上には、カラの酒瓶がふたつ。
そう言えば…と僕は思い出した。この公園は、時々、若者たちのたまり場になっていて、夜中、そして朝まで、テーブルで飲んだくれていることがあるのだ。
野良猫と出会う前、僕は夜明け前ランで、そんな情景を何度も見かけたことがあった。
若者たちが呑んでいては、当然、猫は寄りつくことができないし、もしかすると、若者たちに追い出されたのかもしれない。
もちろん、公園のテーブルは共用だから、誰が使おうと問題ないし、そもそも「野良猫が乗るべき場所じゃない」と思っている人がいる可能性もある。だから、それについては文句は言うまい。
しかし…と、僕は思う。呑むのは一向に構わないが、ちゃんと後始末をして帰れ!公共の場所へ、カラ瓶が堂々と置き捨ててあることに、僕は無性に腹が立ってしまった。
そんな思いを抱えながら、僕は、また走り始めたのだけれど、その時、なんと、公園の片隅でいつもの猫を発見!した。
cat8
「おぉ」と、僕はちょっと感動した。
…ものの、何だかちょっと変だ。野良猫の表情がいつもより固い気がした。そして、ひたすら一点を見つめている。
cat9
僕が近寄ると、すっくと立ち上がって、毅然とした表情で、あらためて一点を見据えていた。
視線の先にあったのは…。いつものテーブルだった。
そう、野良猫は、前日までの自分の居場所を見据えていたのだ。もはや、飲んだくれどもの姿はないが、どうにもカラ瓶が邪魔だ。
猫は自分でカラ瓶を片付けることはできない。それに…もしも若者たちに追い出されたのだとしたら、その記憶が甦るカラ瓶は、忌まわしい記憶の残骸。だから、簡単には近寄れなかったのではないかという気もする。
あの場所に戻りたい、でも戻れない。だからこそ、ずっとその場所を見据えていたのではあるまいか。
怒りを抱えながら、その日のランを終えた後、僕は、自分の失態に気がついた。
よく考えれば、僕がカラ瓶を片付けて、野良猫の居場所を確保してあげればよかったのだ。そうすれば、猫も安心できた筈なのに!なぜ、それを思いつかなかったのだろう。僕は大きく後悔した。
翌日。
よし、もしも今日も同じようなことになっていたら、僕が片付けることにしよう。と思いながら、僕はいつものコースを走り始めた。次の角を曲がればいつもの公園。いつものテーブルが見える。
果たしてどんな光景になっているのかと思いながら、僕は角を曲がった。
(以下、続く。)


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