餃子ランナーは電子機器の夢を見るか?

ランと餃子とデジタルガジェット。ときどき、映画や雑誌の話。言いたいことを言い捨てるブログ。

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「進化」「Plus」の用法に疑問を感じるiPhone 6

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いよいよ今日から、iPhone 6の予約受付が始まる。
昔の僕ならば、朝からきっと落ち着かない気分になっていたと思う。今日予約をしないと、発売日(9/19)に入手することは困難だと思われるからだ。万難を排して予約に走っていた気がする。
しかし、今の僕は違う。モバイル熱が以前ほどじゃなくなってきたというのが大きな理由だけれど、それだけじゃない。今回のiPhone 6には、思ったほどワクワクしなかったのだ。
リーク情報を大きく超えるサプライズがなかったし、このキャッチコピーで少し興醒めした。


Apple - iPhone 6:

「大きさ以上に大きく進化」ねぇ…。
これまでの定番で、マンネリ気味だった「まったく新しい××」というコピーを脱したのはいいが、僕にはどうにも違和感がある。

ただサイズが大きくなっただけではありません。あらゆる体験を、一段と大きく進化させました。

最も大きく、最も薄いiPhoneです。

大きくしただけでなく、より美しくしたディスプレイ

うーん。
Webサイトには、その「大きさ」に関する自信満々のフレーズが並ぶ。
確かに、薄い筐体や美しいディスプレイになったことは素晴らしいと思うけれど、大型化が、イコール進化であるかのような表現には、どうにも僕は疑問を感じるのだ。
同じように、今回新登場した「iPhone 6 Plus」というネーミングにも、少し疑問。
無印iPhone 6との違いは、何と言ってもそのサイズだろう。大きいことは確かにプラスなのかもしれないが、プラスばかりじゃないだろう、マイナス点もある。それなのに、あたかも上位モデルであるかのようなネーミングになることが、僕にはどうにも釈然としない。
iPhone 6 Plusには、バッテリー持続時間や光学式手ブレ補正搭載などの相違点もあるから、実際に上位モデルという位置づけなのかもしれないけれど、上位モデルだとするなら、逆に言うと、サイズを度外視した際の優位性が少ないと思う。
現状の筐体のまま、薄くさせることだって大きな進化。僕は、むしろ、現状より小型化したiPhone miniが欲しいと思っているほど。画面が小さくなっても、解像度が維持、もしくはアップされれば、僕は気にならないし、コンパクトさによるメリットは多々あるからだ。
「薄くなったから、あるいは、操作性が良くなったから、サイズが多少大きくなっても大丈夫。」「現状サイズを使いたければ、iPhone 5Sをラインナップに残したので、そちらを…。」というのは売り手側の理屈であって、必ずしも、ニーズと一致しているとは限らない。
《大型化されずに進化》したiPhone 6を求めていた人も、きっと多かっただろうと思うからだ。
と、なんだかんだ言っても、僕の夢見る「小さいiPhone 6」は出ないので、結局どちらかを選ぶしかないんだよなぁ…。
焦らず、じっくり考えよう。
まずは、発売後に店頭で触ってみて、無印の4.7インチが許容できるかどうかを確かめてみることにしたい。
その際、5.5インチの「Plus」に惹かれる可能性もあり得るのだけれどw
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