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ランと餃子とデジタルガジェット。ときどき、映画や雑誌の話。言いたいことを言い捨てるブログ。

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「ダカーポ」休刊に感じる寂寥

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雑誌の休刊はよくあることで、僕もこれまで数多くの休刊誌に立ち会ってきた。ただ、これほど寂しい思いを感じたのは初めてのことかもしれない。何と言っても、26年間、愛読し続けてきた雑誌なのだ。あくまで「休刊」だから復活する可能性もゼロではないけれど、もし復活したとしても、現在と同じスタイルであることはあり得ない*1だろう。だから、僕の大好きだった「ダカーポ」とは、これでお別れになる。何よりもまず、これまでありがとうと言いたい。
創刊号。
ごちゃごちゃとした活字が並ぶ表紙の中に、ひときわ大きな文字で「長嶋茂雄の言語感覚」という見出しがあったことは、今でも覚えている。一時期は、この創刊号を含めて何百冊にもなろうかというバックナンバーをずっと持っていたのだけれど、引っ越しを期に、まとめて処分してしまったのが、今思えばとても残念だ。
「現代が3時間でわかる情報誌」というのが、この雑誌のコンセプトだったのだけれど、その言葉に偽りはなく、創刊以来、ずっとそのスタイルを貫き続けていた。雑多な情報がコンパクトにまとまっていてわかりやすい上に、記事の硬軟バランスも見事で、どこから読んでも楽しめる雑誌だった。スリムなA5判で、持ち歩きにも向いているから、鞄の中に入れておいてちょっとした時間にパラパラと読むのが、本当に楽しみだったのになぁ。
休刊の理由は、「ネットや携帯電話の普及で、その役割を終えた」となっているが、《役割を終えた》という言葉の響きが、とても寂しい。
確かに、情報の収集ということかけては、ネットの方が無制限だし、速報性も優れている。しかし僕は、それで、「ダカーポ」の役割が終わったと思ったことはなかった。この雑誌ならではの切り口があったし、いつでもどこでも気楽にまとめて情報を収集できるという意味では、まだまだ雑誌媒体の意義は大きいと思っていたからだ。
ただ、現実的に部数が落ち込んでしまっているということは、大きな影響があったのだろう。振り返ってみれば、僕も、昔なら「ダカーポ」を読んでいた筈の場所、例えば電車の車内や喫茶店で、アドエスやX02HTを使うことが多くなってきた。
この雑誌が好きだから、それでも機会を作って読み続けてはいたけれど、いつかは僕も、その役割は終わりだと感じるようになっていたのだろうか。それはないと思う(思いたい)のだけれど…。

*1:今号の最終ページには、休刊報告とともに「いつかまた、違った形で、お会いできる日が来るかもしれません。と書かれている


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