餃子ランナーは電子機器の夢を見るか?

ランと餃子とデジタルガジェット。ときどき、映画や雑誌の話。言いたいことを言い捨てるブログ。

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パラシュートの日

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10月22日 今日は何の日〜毎日が記念日〜

パラシュートでの降下。
その映像を見るたび、僕は恐怖を感じる。
そのあと、安全な着地が行われると分かっていてさえ、恐い。


飛行機などの空から落ちたら、人はまず間違いなく死ぬ。
だから、万が一、落ちていく課程でパラーシュートが開かなかったら、
死んでしまうのだ。


この、初めから開いておくことが出来ないというところが曲者で、
だから落ちていく瞬間は、死と隣り合わせではないかと
思うほどの恐怖を感じるはずだ。
しかし、パラシュートが開いた瞬間に、重力は突然歯止めをかけられ、
かわりに、人は空中に浮く。


いわば「再生」の瞬間で、この「死」と「再生」を同時に味わえる
パラシュートの魅力なのだろう。


しかし、僕は一生このパラシュートを行うことはないだろう。
もとより高所恐怖症であるし、いくら再生できると分かっていても、
それまでの恐怖に耐えられる筈がないからだ。


最後に、パラシュートを扱ったブラックジョークを。

353 :名無し職人:2005/07/12(火) 02:48:18


スカイダイビング用のパラシュート店にて
「このパラシュート安全なんだろうね。実は開かないなんて事ない?」
「ええ、パラシュートが開かなかったなどという苦情は一切きておりません」


誰でもおわかりだろうが、蛇足解説を。
パラシュートが開かなければ、苦情など言える筈はないのだ。
それはもちろん、死んでしまっているからである。


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