餃子ランナーは電子機器の夢を見るか?

ランと餃子とデジタルガジェット。ときどき、映画や雑誌の話。言いたいことを言い捨てるブログ。

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「チームはてブロ」Tシャツ予約完了!でモチベーションUP

 はてなでブログを書いていて、本当に良かった。

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次の目標レースでは、これを着て走ることができるからだ。

チームはてなブログの公式Tシャツ。「はてT」。

いつの間にか、実にスムーズでスマートな販売サイトができていて驚いた。さつかさんの才能の賜で、敬服するばかり。

僕は、まさか、こんなあっという間に入手できるようになるとは思っていなかったので、望外の感激。

サロマリタイアのショックで、少し出遅れてしまったけれど、昨晩無事に注文が完了した。

このTシャツについては、もともと、びあーさんが企画されたもので…。

試作時のエントリーを見た時以来、ずっと憧れていた。

だから、このシャツを着ることができるようになることは、感激の極みだ。

サロマ後、僕は、自分の弱さに情けなくなり、レースへのモチベーションも下がっていたのだけれど、この「はてT」は、そんな僕に、大きな力を与えてくれる、筈。

北海道の借りは、北海道で返す。

8月の道マラを、このTシャツで走れることが本当に嬉しい。

僕のランナー人生に欠かせない1冊…を読み直して誓った、サロマのリベンジ

サロマ湖100kmウルトラマラソンから、3日が経った。

しかし…僕は、未だにリタイアのダメージから抜け出せずにいた。

肉体的には大丈夫。60kmしか走っていないこともあり、普通に動くことが可能。

問題は、メンタル。

サロマの翌日は、約半年ぶりにブログを更新できなかった。

情けなくて、悔しくて、そんな気持ちを細かく書き綴るだけの気力が起きなかったのだ。

折角、数ヶ月前からサロマに向けて練習してきたのに…。

わざわざ、北海道まで遠征したのに…。

あと5回、連続完走して、10年間でサロマンブルーになるつもりだったのに…。

すべてがフイになり、そう思うたびに、リタイアしてしまった自分の弱さに泣けた。

日曜以来、よく眠れない日が続いたし、夜明け前に起きても、走る気力が戻らなかった。

今日も、未明に目覚めてしまったけれど、やっぱり走る気分になれなかったので、本を読むことにした。

これまで、もう何十回も読み直し、ランナーとしてくじけそうになったとき、何度も救ってくれた…

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走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

この本だ。

以前のエントリーでも書いたことがあるけれど、僕の人生に大きな影響を与えてくれた1冊。

6年前。

この本を読んだことがきっかけで、僕はサロマ湖100kmマラソンに出走しようと思ったのだし、ニューヨークシティマラソンにも出場したのだ。

今日、あらためて、サロマの章を読み直してみたら、55km中継地点以降の記述に胸を打たれた。

サロマが100km初体験だった村上さんにとっては、猛烈に厳しかった箇所で、その苦しさを表す記述が尋常ではなかった。

しかし、村上さんは、以下の言葉をマントラのように呟いて、苦痛を克服する。

「僕は人間ではない、一個の純粋な機械だ。機械だから、何を感じる必要もない。ひたすら前に進むだけだ。」

思い出した。

僕も、初のサロマの時は、55km地点以降で心が折れそうになったのだけれど、この言葉を信じて、何とか走り続けることができたんだよなぁ…。

その後、僕は、サロマに出走を続け、5年間完走したことで、初心を忘れてしまっていたのかもしれない。

今年のサロマで、もしもこの言葉を思い出せたら、何とか歩みを進めることができたかもしれない。

そんなことを考えると、ちょっとまた切なくなった。

ただ、僕は、この本のおかげで、モチベーションが回復してくるのを感じてきた。

走ることは、僕の人生。僕からランをとったら、何も残らない。

だから、また、走っていこう。今後は、村上さんのように、「強いメンタル」を身につけるべく、鍛錬していこう。

そう思ったのだ。

今年のサロマリタイアは、悲しいけれど事実であり、もう覆らない。

ならば、次のレース、そして、来年のサロマのリベンジに向けて、走り出していこうと決めた。

まずは、8月の北海道マラソンに向け、身体を作り直していきたい。

土砂降りの「サロマ湖100kmウルトラマラソン2017」敗者の悔恨

スタート直前。

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激しい雨が降り注いだ。

ランナーに向けてアナウンスをしていた女性が、「これまでのサロマで一番の大雨」と告げている。

去年も雨のサロマではあったけれど、スタート直前は、まだ霧雨程度だった。

僕は、心が憂鬱になりながらも、何とか耐えられると信じていた。雨と寒さで苦しんだ、昨年の轍を踏まないよう、十分に準備した…と思っていたからだ。

ウインドブレーカーの上に、防水用のゴミ袋をかぶり、さらに100均のレインコートまで羽織った。手袋もしっかり装着した。

だから大丈夫…と思っていたのだけれど、しかし、僕はまだまだ甘く、そして、弱かった。

号砲が鳴り、走り始めても、雨は容赦なく降り注いだ。

僕は、尾てい骨痛が治まっていない感じで、スピードも乗らず、去年よりも断然遅いペースで走っていた。

そしてそれが、僕にとって最大の間違いを犯させることになる。

重装備の上半身、100均の安っぽいレインコートが身体にまとわりついて、ちょっと走りにくいと感じ、何とかしなければ…と、思ってしまったのだ。

加えて。出走ナンバーも大きな徒になった。

ナンバーカードを受け取ったとき、「これはラッキーだ!」と思ったほどの縁起がいい番号が、冷静な判断を狂わせた。

僕は、ナンバーカードを、ランシャツの上に装着していたため、その上にウインドブレーカー、防水用ゴミ袋、レインコートを纏った身体では、ナンバーがかなり見えにくい状況。

途中、すれ違ったラン仲間から、「折角いい番号なのに、よく見えないのはもったいない」と声をかけられたし、そもそも、はっきりとナンバーが可視できないのは、問題のような気がした。

だから。

10km過ぎ…雨が少し小降りになった瞬間。

僕は、あろうことか、命綱*1だった筈のレインコートをエイドに捨ててしまった!のだ。

今から振り返れば、無理矢理腰に巻いてでも装着しておくべきだったが、それも走りにくいと考えたので、捨てることを決断したのだ。愚かすぎる。

しかし、その時点では、何とかなると思っていた。

僕には、まだウインドブレーカーと防水用のゴミ袋があったし、僕より軽装備で走っているランナーもたくさんいたからだ。

その後、僕は、何人ものランナーに、後ろから声をかけられた。

「いやぁ、ラッキーナンバーですねぇ。」

「羨ましい。それ、偶然ですか?すごい。」

「最高ですね」

…などなど。

僕は、そういった言葉をかけられるたび、とても嬉しく、元気が沸いてきた。

僕は、そのナンバーを、もっとよく見てもらいたい、元気を与えて欲しい、という思いで、防水用のゴミ袋まで脱ぎ(馬鹿か!)ウインドブレーカーのみに変更して走った。

これからきっと気温も上がるだろうし、雨も止むかもしれない。だから大丈夫…。と、考えたが、それが大きな間違いだったのだ。

30km過ぎ。雨は再び激しくなった。加えて、猛烈な向かい風。

ウインドブレーカーは、風は多少凌いでくれたが、猛烈な雨を凌ぐだけの耐性はなく、身体に雨の冷たさが染み渡ってきた。

手袋も水浸しになり、しんしんと手がかじかんだ。身体が全く動かない。思うように脚を進めることができない。

完全な低体温症の症状で、命の危険を感じたほど。

僕は、あわてて、ポケットに入れていた、防水用のゴミ袋をかぶったが、それでも身体の冷たさは治まらなかった。

まだ前半も前半、30kmを過ぎた時点なのに、頭の中にリタイアの文字がよぎった。

しかし、42km過ぎの地点で、ラン仲間が応援してくれることがわかっていたため、そこまでは何とか頑張ろう…と心に決めて走った。

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42.195km。何とか通過…。

去年は、3時間51分で通過しているのに、今年は4時間35分もかかっている。

僕は、この先で、何人もラン仲間から元気をもらい、さらに、多数のランナーから(そのナンバーいいですね!などの)声をかけてもらったことで、気力を振り絞って走った。

身体は冷え切っており、脚も動かず、本当に厳しい状態だったが、54km地点のレストステーションには、長袖シャツなどを含む、着替えを入れていたので、何とかそこまで頑張れば、寒さにも耐え抜けると信じた。

50km地点、通過。5時間39分。去年は5時間切りで到達しているから、大幅な遅延状況は変わらない。

しかし、まだこの時点では、諦めていなかった。

好タイムはもちろん狙えないが、完走ということを考えれば、まだまだ十分頑張れる気がしたのだ。

気持ちが少しプラスになったのは、この時点で、雨が止んでいたため。空は明るくなっており、とても走りやすい気候だった。

身体も少しだけ動けるように感じ、「これなら、何とか巻き返せるかも!」と思った。

54km地点。レストステーション、到着。

僕は、ここで待っていてくれたラン仲間に大きな力をもらった。言葉はもちろんのこと、防寒用のアンダーウェアまで貸してもらえたからだ。

レストステーションの袋には、自分が用意していた長袖シャツもあったため、それを着込んで、上半身は一気に手厚くなった。

ラン仲間からの暖かい言葉、そして、回復した天気を武器に、僕は何とか頑張れる思いを抱いていた。

しかし…。

レストステーションを出た後、雨が再び激しく降ってきた。

僕は、30km過ぎ地点で受けた症状と同様、身体が凍えて、脚が動かなくなった。加えて、目眩も発生。つらい。つらすぎる。

僕は、十分な防寒装備になった筈なのだけれど、時、既に遅しだった。レストステーションで、しばらく動きを止めてしまったことで、身体が冷えたのかもしれない。

僕は、這々の体で、57km看板を過ぎた時、まだまだ続く先の長さに気がついて、愕然。

「こんな身体で、まだフルマラソン以上の距離を走らなければいけないのか…。」と感じ、絶望的な思いになった。

思えば、そんな考えを抱いた時点で、僕は、もう、このレースの《敗者》になってしまったのだ。

マラソンは、メンタルなスポーツ。

ここまで何とか踏ん張ってきたのだから、「半分以上…57kmも走って、あとはたった43km」と思わなければいけないのに、「フルマラソン以上の距離が残っている」などと考えた時点で負け組。

サロマには、これまで5回の出場で、めちゃめちゃ暑かった年でも、そんなことを考えたことはなかった。

もちろん、つらいときもたくさんあったが、何とか、完走を信じて走り切れた。

しかし、今年の僕は、降りしきる雨の冷たさに、精神面でも、肉体面でも、もう、全くお釣りが残っておらず、完全にアウトだった。

走りたい気持ちはあっても脚が進まず、歩き続けていると、雨と寒さで身体が凍え、生命の危機を感じるほど、震えた。

結果…。 

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 60km地点、無念のリタイア…。

レストステーションのロスがあったとはいえ、50kmから60kmのタイムは、1時間36分もかかっている。

こんな状態では、何とか走りを続けたとしても、きっと関門で引っかかっていたろう。

今から思えば、何もかもが失敗だった。自分の甘さ、弱さが、今回の結果に繋がった。

今回のサロマでは、僕のラン仲間もたくさん出走していたが、多くのメンバーが、雨と寒さに苦しみながらも、それを克服し、完走していた。

雨の装備ということを考えると、僕よりも軽装備で完走している人もたくさんいた。

ランナーには、人それぞれ体質の違いがある。きっと、僕は、「ひときわ雨と寒さに弱い」ランナーなのだ。 

マラソンは基本的に冬のスポーツだし、僕も、今回のサロマよりも厳しい寒さで走ったフルマラソンはたくさんある。

しかし、フルとウルトラでは状況が違うし、暑い東京から、いきなり極寒の雨風レースに出場となったことで、僕の身体は悲鳴を上げてしまった。

そう考えると、僕は、去年の反省を全く生かしていなかった。

馬鹿だ、愚かだ。弱すぎる。本当に、本当に情けない。

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200km走って編み出した理論 岩本能史コーチの100kmマラソンは誰でも快走できる

6年前、サロマに挑んだ最初の年、何度も何度も読み込んだ本。

この本を読んで、いちから出直しかなぁ…。

*1:これは大袈裟な表現ではなく、あとで本当にそう思った。

いざ、2年連続雨のサロマへ…。

時を遡ること、1週間前。

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レース当日、サロマの天気予報は「晴時々曇」になっていた。

気温もそれほど高くなく、今年は、絶好のレース条件になるかと思っていた。

しかし、今朝、天気予報を確認してみると…。

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佐呂間町のピンポイント天気 - 日本気象協会 tenki.jp

終日、雨…。

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1時間ごとの天気予報だと、午後3時過ぎから本格的な雨になって、気温が下がる予報になっている。

僕のレースをイメージすると、(リタイアでなければ)80kmを過ぎ、ワッカを走っている頃だ。

昨年のワッカでは、雨と寒さに苦しんで、何度も心折れそうになった。あのときの悪夢が、脳裏に甦る。

僕は、昨年のサロマで、防寒、防水対策を怠ってしまった。降りしきる雨と寒さの中、手袋もウインドブレーカーもなしで走り続けたのだ。

その結果、トイレには7回も行く羽目になってしまったし、前述の通り、ワッカでは地獄の苦しみを味わった。

レース直後は、「来年も同じような天気になるんだったら、サロマに行かない!」とラン仲間に叫んでいたほど。

しかし、レースからしばらく経つと、ちょっと冷静になれた。

昨年、サロマの完走率は、80%を超えていた。過去最高に近い率で、「防寒、雨天対策さえしっかりとっていれば」走りやすいレースだったのだろうと思う。自分の甘さが悔やまれる。

ただ、今年はあの轍を繰り返すまい。

僕は、昨年のレース後に書いた「反省と教訓」を読み直し、そう誓った。

もともと僕は、練習では、寒かろうが、雨だろうが、走る。だから、本当は、雨天というレース条件は、嫌いでも苦手でもない筈なのだ。

ウインドブレーカーや手袋も、今年はきちんと用意した。重装備で臨む心構えもできている。

昨年は苦しんだ雨の気候を、今年は味方につけられるよう、頑張りたいと思う。

葛藤の果てに…。雨の河川敷往復ラン、何とか完了。

走るべきか、休むべきか…。

昨日の僕は、大きな葛藤に苦しんでいた。午前中は所用があっため、走るならば午後、と決めていたが、14時を過ぎても、まだ心は決断できなかった。

普段の週末であれば、迷うことなく走っていた筈なのだけれど、昨日は、そうもいかない理由があったのだ。

それは、週半ばに突然発生した、尾てい骨と膝の違和感が治まっていなかったため。

金曜日はウォーキングに切り替え、土曜日は完全にオフとした。それできっと回復するものと期待したのだけれど…ダメだった。

サロマ1週前。

今は絶対に無理をする時期じゃない。もしもここで無理して、身体を痛めてしまったら最悪だ。

だから、ここは、回復に専念しようかと思った。

が…。もう一方で、「走らなければならない」と考えてしまう理由もあった。 

そう。

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 完全攻略ウルトラマラソン練習帳

岩本先生の練習メニューだ。

僕は、これまで、この本の基本メニューをしっかりこなしてきたとは言えない。設定タイムを守れない時が多かったし、ソツケンだってできなかった。

しかし、「アレンジメニュー」*1などにも助けられながら、スケジュールだけはできる限り守るようにしてきた。

この本では、さまざまなレベルでの練習メニューが設定されているが、どのレベルにおいてもレース1週前の日曜日は、「レースペース走20km」となっている。

アレンジメニューはなく、重要度を示す☆の数も2つ半なので、非常に重要なトレーニングの日なのだ。

だから、僕は大いに悩んだ。葛藤し続けた。そして…。

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気がついたら、荒川の河川敷に立っていたw

決断の遅さが災いし、天気は雨に変わっていた。しかし、去年のサロマは雨中のレースだったし、僕は、基本的にどんな天気でも走るので、大きな問題ではなかった。

僕にとって、問題だったのは、尾てい骨や膝の違和感だ。

とりあえず、走り始めてみることには決めたけれど、レースペースにはこだわらず、無理のない範囲で走るつもりだった。

また、それでも痛みが出てくるようだったら、すぐにやめよう、と決めていた。

と言うことで、コース設定についても変更。

いつもならば、「上流、もしくは下流に向けて走り出し、中間地点で折り返す」というパターンをとるのだけれど、そうしてしまうと、リタイアになった時、帰宅が少し面倒になる。

ということで、スタート地点から数キロ程度の道を、「行ったり来たり」することに決め、走り出した。

雨は、降ったり止んだりでそれほど強くならず、膝は全く気にならなかった。

尾てい骨だけは、ちょっとスピードを上げようとすると痛んだが、ゆったりランに切り替えて凌いだ。

Bluetoothヘッドホン経由で、録音していた「中島みゆきのオールナイトニッポン月イチ」*2を聞き流し、楽しく、走り続けていたら…。 

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20km、完走!

来週走る(筈の)100kmに考えれば、たいした距離ではないのだけれど、身体の状態が心配で走り始めただけに、完走できたのは嬉しかった。

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ペースは、キロ5分48秒。

全く無理せず走った割には、悪くなかった。岩本先生が設定してくださったレースペースには及ばないものの、このペースでサロマを走れれば、サブ10じゃないか。

まぁ、それは夢のまた夢としても、とりあえず、練習メニューのスケジュール通り走り切れた、ということが大きい。達成感はひとしおだ。

レース本番で苦しくなった時、この達成感が、メンタルの支えになることを祈りたい。

 

*1:基本メニューができない時のために…ということで設定されているお助けメニュー。例えば今週金曜日は、ジョグ60分が必要だったが、アレンジメニューだと、歩行45分で良い。僕はこれを実行した。

*2:6月12日放送分。2時間程度のランになりそうだったので、今回のランにちょうどぴったりだった。

サウナで暑熱馴化!は、不要だったかも…?サロマ1週前予報

サロマ湖100kmウルトラマラソンまで、あと1週間。

気がつけば、レース前、最後の週末になってしまった。いやはや、月日の経つのは早いものだ。

去年のサロマが、冷たい雨の中でのレースになったため、僕は、「今年は暑くなる順番!」だと信じていた。

しかし、そんな思いを抱いていたにも関わらず、僕は今年、暑さに対する対策が不十分だった。

今年のかすみがうらマラソンは、気温の高い中でのレースになったが、あのレースからは、もう2ヶ月以上経っているので、あらためて、身体を暑さに慣らしておく必要がある。

今年の僕は、そのトレーニングが、絶対的に足りていないのだ。

毎日の練習で、僕が走っているのは大抵夜明け前で、暑さとはほぼ無縁。そのため、週末のレースやロングランが頼りだったのだけれど…。

仙台国際ハーフは、ちょっと寒いぐらいの小雨。東京ウルトラマラソンも、思っていたほど暑くなかった。

先週末の河川敷ランでは、後半、暑さの中を走ったが、その暑さよりも胃痛がつらくて、練習になったのかどうかは疑問。

昨日の土曜日は、晴れて暑くなる予報だったので、昼間走れればベストだったのだけれど、体調的にも仕事的にもNG*1

ということで、僕は、窮余の一策をとることにした。

敬服する岩本能史先生は、その著書で説いてくださった、暑さ対策。

レースで合宿初日症候群*2を起こさないために有効なのは、事前に安全な環境で汗をかいて汗腺を全開にしておくこと。手軽なのはサウナです。

非常識マラソンメソッド (SB新書)

サウナだ。

そういえば…3年前、灼熱のレース(最高気温28℃!)となった年も、僕はサウナに行っていたことを思い出した。暑熱馴化を行っておくことは非常に効果的だと思ったので、出勤前に、深夜早朝営業しているスパに立ち寄った。 

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池袋「タイムズスパ・レスタ」だ。

この施設は、浴槽ゾーンが、ちょっとあり得ないくらい段差だらけなので、裸眼視力0.1未満の僕は、常に緊張感を強いられる。*3

だから、あまり積極的には行かない施設だったのだけれど、通勤途中に行ける店舗は限られるし、サウナを利用するだけならば、ストレスも少ない。

スピード利用(90分以内)だと、料金も割引になるので、その点でも、今回の目的に合っている気がした。

結果、90分で「サウナ→冷水風呂」を3セット実施。

なかなか汗をかかない僕にしては、相当汗も出たので、いい暑熱馴化になったし、出勤前のリフレッシュにもなった。

これで、当日が、暑くなっても大丈夫だ!と思っていたのだけれど、今日、ふと、もうサロマ当日の天気予報が出ているかと、検索してみて、ちょっと唖然。

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佐呂間町の10日間天気 - 日本気象協会 tenki.jp

ん…?最高気温20℃?

マラソンレースとして考えると、ちょっと高めではあるけれど、暑熱馴化が必要となるような気温ではない。

金曜、土曜の最高気温はそれより低いため、ちょっと予報が下にぶれれば17℃ぐらいの快適な気温になる可能性もある。

だから、今年は、サウナでの暑熱馴化は不要だったのかもしれない。

が…僕は思い直した。

去年は、雨と寒さを甘く見て、装備も不十分だったため、最後は本当に苦しんだ。

今年は、その轍を踏まないよう、どんな天気に変わろうが、耐えられる準備をしておいて損はない。

ここにきて、脚の調子が良くないのは少し気になるのだけれど、当日に向けて、できる限りベストの状況にもっていけるよう、頑張りたいと思う。

 

*1:尾てい骨の痛みが残っていたこと。そしてブルーな休日出勤が確定済。

*2:学校の部活で夏休みに合宿を行うと、初日に多くの子供が熱中症で倒れることから、「暑熱馴化ができてないうちに、暑い環境でいきなり運動をすること」を表す

*3:何度も行っているのだけれど、それでも慣れなくて、いつも躓きそうになる。


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